ひろしま国ではこれまで、子どもたちの命にかかわるテーマを幅広く取り上げてきました。衣食住が足りて安定した暮らしがあり、戦争さえなければ平和だといえるのだろうか、というのが私たちの思いです。
そこで今回は、児童虐待をテーマにしました。最も信頼する親によって心や体に傷を負った子どもたちは、一見平和に見える日本の社会にもたくさんいます。2003年7月から08年3月までに437人の子どもが虐待によって命をなくしています。
取材を通して分かったのは、被害者である子どもも加害者である親も、ともに強い孤独を感じていることです。
子どもたちの命をどう守ったらいいのか、さまざまな取り組みや対策を取材し、虐待から命を守る方法を考えました。
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NPO法人児童虐待防止協会は、母親同士のネットワークづくり▽電話相談▽研修の3つの活動を通じ、子育てに悩む保護者や子どもたちを支援しています。
母親が集まり、悩みなどを共有する「マザーグループ」は、2000年から大阪府内の保健所と協力して行っています。1グループに5―10組の親子が参加します。協会のメンバーは母親の相談を聞いたり、母親たちが話し合う間に子どもの面倒をみたりしています。
電話相談は、1990年の設立時から続けています。月―金曜日の昼間に、母親の悩みを聞きます。同じような支援活動をする団体がほかにも増えているため、相談の件数は年々減り、現在、年間2000件ぐらいだそうです。しかし一方で、母親たちの輪にとけこめないなど、深刻な孤独感に悩む親からの相談割合は高まっています。そういった親の場合、虐待内容がエスカレートすることが多いそうです。
子ども向けの電話相談は06年10月から第1第3土曜日に設けています。
協会には保健師や児童相談所で働く人など児童福祉の専門家もいます。大人を対象に講師を派遣する研修事業にも設立時から取り組んでいます。
虐待する親や虐待を受ける子に共通するのは孤独感です。川本典子理事(49)は「子育て中のお母さんは相談する人もなく一人でもんもんと子育てをしている。子どもは『助けて』となかなか言えない。本音で話をする時間をつくるのが私たちの目的」と話していました。
親向け電話相談 電話06(6762)0088、子ども向け0120(786)810。 (高1・高田翔太郎)
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NPO法人CAP広島は、子どもたちが虐待被害に遭わないよう、寸劇やディスカッションを交えたワークショップを通じて、さまざまな暴力に子どもが立ち向かうプログラムに取り組んでいます。
寸劇で子供たちに自分の安全を守る方法を伝えるCAP広島のメンバー(CAP広島提供) |
ワークショップではまず、子どもは安心して生きる▽自信を持つ▽自由に行動する―という三つの権利を持っていることを説明します。小学生向けにはいじめや性暴力、誘拐の3種類の寸劇を用意します。中学生向けには性暴力がもう一つと体罰の寸劇が加わります。
小学生向けの劇では解決法を子どもたちから提案してもらい、CAPのメンバーが必要に応じて「人に相談する」「ノーと言う」などの対応を提案します。
性暴力の劇では、小学生が親類の大学生にむりやりキスされるといった状況が示されます。体罰では、父親にむりやりサッカーをやらされている子どもが「行きたくない」と言ったために殴られる劇を演じます。
子どもたちも劇に参加します。私もいじめを防ぐ劇に参加しました。CAPの人たちの演技を参考にせりふを考えましたが、自分の言葉で話すのは難しかったです。
寸劇が終わったら、スタッフと子どもが寸劇を見た感想や意見交え、一対一で話し合うトークタイムもあります。叔父に性暴力を受けたことを話した子もいたそうです。
CAP広島副代表の岡本晴美さん(38)は「嫌なことは嫌と言う。それが言えなかったらその場から逃げる。そして、誰かに相談する。ワークショップがそのきっかけづくりになれば」と話していました。 (中1・坂本真子)
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フランスには児童虐待など子どもの問題を専門に扱う「少年判事」や「未成年検事」がいます。児童福祉を研究している「養子と里親を考える会」の菊池緑理事(71)に聞きました。
少年判事は、1959年にスタートした制度です。少年裁判所に籍を置く大人の判事です。裁判官の資格を取りさらに数年間、専門の勉強をした人がなります。未成年検事は、虐待についての情報があった場合、最寄りの警察に調査を依頼します。親が反対しても警察が調査をするよう命令できる特別な権限を持っています。
裁判で虐待を受けた子を親元から離れて支援すると決めた場合、専門機関が子どもを施設に入れるか、里親に預けるかなどの支援の内容を決めていきます。
菊池さんは「フランスでは裁判所や行政機関など多くの組織が虐待問題にかかわっている。日本では児童相談所が解決しないといけない」と指摘します。日本も、裁判所が虐待問題にかかわる必要があると話していました。(中2・井口優香)
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里親とは、さまざまな事情で家族と一緒に生活できない子どもたちを家庭で育てる人です。呉市の稲垣りつ子さん(58)は、育児放棄などの虐待を受けたり、さまざまな家庭の事情を抱えたりする子ども5人を育てています。
稲垣さんによると、虐待に遭った子どもたちに共通するのは強い人間不信だそうです。稲垣さんは里親をしていた女の子に「実の親に捨てられたのに、人を信じることなんてできない」と言われたことがあるそうです。
里親制度のよいところについて、稲垣さんは、子どもが「自分は愛されている」という安心感を覚えることだと説明します。さらに、夫婦や親のありのままの生活を見ることで、「育てられる者(子)」から「育てる者(親)」へと成長していくことができることだと言います。
稲垣さんは現在、5、6人の子どもを預かって育てるファミリーホームを広島県内で最初につくる準備をしています。「大人数で暮らすことで親子だけでなく、きょうだいを経験できることは子どもの育成にとってよい影響を与える」と話しています。 (高2・村重茜、中1・木村友美)
子育て みんなでサポートを −広島大大学院の田中義人教授
児童虐待の現状を広島県医師会や広島大などでつくる協議会の児童虐待対策特別委員長を務めた田中義人広島大大学院教授(60)に聞きました。
児童虐待の現状について田中教授(左)に聞くジュニアライター(撮影・中1坂本真子) |
児童虐待とは、18歳未満の子どもに対して保護者が行う虐待のことを言います。この児童虐待には、身体的、性的、心理的な虐待に加え、育児を放棄する「ネグレクト」の4種類があります。
身体的虐待とは殴る、蹴るなどの暴力を加えることです。例えば、泣きやまない赤ちゃんを投げつけたため、脳に障害が出るケースがあります。ネグレクトは赤ちゃんに食事を与えない、お風呂に入れないなど、成長するために必要な育児行為を放棄することです。ほとんどの虐待は、殴りながら強い言葉を浴びせるなど、複数の虐待が同時に加えられます。
親が子に自分の夢を押し付けるのも、子どもの自由な意思を妨げるので広い意味での虐待になるそうです。
厚生労働書調べでは、2007年度に全国の児童相談所が把握した児童虐待件数は約4万件に上りました。小学生までで約8割を占め、残りが中高生などです。03年7月から08年3月までに虐待によって亡くなった子どもの数は437人になります。
田中教授は「子育ては社会が責任を持つべきもの」と言います。お金がないことへの不安、近くに相談する人がいないことからくるストレスなどが虐待の原因と指摘、社会全体で親を支える仕組みが必要だと話していました。 (高2村重茜)
虐待を受けていると思った時は一人で悩まず、気持ちを伝えてみませんか。(中3・高木萌子) 子ども虐待ホットライン広島 電話082(246)6426(火、木、土曜日午前10時から午後3時まで)▽広島市児童相談所 電話082(263)0694(24時間)▽広島県西部こども家庭センター 電話082(254)0381(平日午前8時30分から午後5時30分まで、緊急時は時間外も対応)▽同東部こども家庭センター 電話084(951)2340(同)▽同北部こども家庭センター 電話0824(63)5181(同) |