english

バリアフリー
「壁」がない社会 平和の証し

英語で「バリアー」は「壁」、「フリー」には「ない」という意味があります。この二つを合わせたバリアフリーという言葉は、お年寄りや障害のある人を含め、だれもが壁を感じることのないような社会をつくろうという考え方です。

ジュニアライターは、みんなが安心でき暮らしやすい社会こそ平和な社会ではないか、という思いから今回、このテーマを取り上げました。広島市中区の平和記念公園とその周辺で、車いすで移動したり高齢者の疑似体験をしたりしました。障害のある子どもや学生が、不便なく学ぶための方法も取材しました。

取材後、ジュニアライターは、日常生活の中で障害者や高齢者がより気になるようになりました。バリアフリーを、身近な問題として考えるようになりました。


車いす・高齢者体験してみました



平和公園でヒヤリ / 思いやり芽生える

Photo
歩道と車道の段差について説明する藤井さん(右から2人目)=撮影・高1高田翔太郎
車いす体験の様子です

街中の歩道や階段が障害のある人や高齢者にとってどれくらい負担になるか、をジュニアライターが疑似体験しました。

車いす生活をしながら障害者の外出支援活動をしている藤井邦隆さん(61)=広島市中区=の案内で、中区の本川沿い市道や平和記念公園を車いすで移動しました。

車道から歩道に上がる時、段差で進みにくいことがありました。段差は目の不自由な人が歩道と車道を認識するために設けられたものです。目の不自由な人にとって必要なものが、車いすの人にとっては不便になってしまうことを知りました。

平和公園の近くでも、点字ブロックがない歩道や橋がありました。公園内には車いす用トイレがありましたが、目印となるマークが一方の側からしか見えないので、気付かないこともあります。原爆資料館本館の北側にある斜面は角度が急な部分もあり、車いすは後ろから引っ張っていないと危険でした。

Photo
高齢者の疑似体験でスロープを下るジュニアライター(撮影・高2楠生紫織)

高齢者疑似体験では、ひざにサポーターのようなものを巻いたり、ベルトで腰を曲げて歩きました。

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館入り口の階段では、つえを使っても途中でよろけました。スロープは、階段より足を上げずに進めるので楽でした。大きな道の交差点では、信号が青の間に横断歩道を渡れないジュニアライターもいました。

障害者が暮らしやすい社会をつくるため、障害者の声を発信する活動をしている今福義明さん(50)=東京都板橋区=によると、2000年に施行された交通バリアフリー法により日本国内でも大きく改善されました。

歩道が整備され、鉄道や地下鉄にエレベーターが設置されました。車いすの人が利用しやすい低床バスは施行前の数百台から約2万台に増えたそうです。しかし、地方では設備が都市部ほど整ってはいません。

藤井さんは「心のバリアフリーが大切」と言います。高齢者や障害者がいたら手をさしのべる気持ちが心のバリアフリーにつながります。障害者が自分の体験を通じて感じた情報を提供することも大事です。

今回の体験では、高齢者や障害者たちが身近にたくさんいることに気付きました。その人たちの気持ちを考えたりするようにもなりました。困っていたら手伝いたいという気持ちになりました。お互いに気遣えるようになると社会が変わっていくと思います。(高1・岩田皆子、高2楠生紫織)


助け合い 学生が主役 −広島大 ノート代筆や表示改善

Photo
ALの意見で改善された総合科学部の教室番号(撮影・高3立川奈緒)

広島大(東広島市)は、障害のある学生が学内で不便を感じない工夫に力を入れています。その活動は学生が主体になって進めています。

2001年度から始まった障害学生支援ボランティア実習は、受講生である66人の学生が、障害があって支援の必要な17人の学生をサポートします。一緒に授業を受けながら支援する場合もありますが、66人の学生は自分の空いた時間を実習にあてます。

実習では、提携する企業が開発した音声認識ソフトを使い、耳の障害がある学生にも授業内容が分かるように文字に変換します。手が不自由な学生に代わってノートをとる活動もしています。

授業で障害のある人がない人と同じように過ごす方法を学んだ学生は、アクセシビリティリーダー(AL)という資格をとることができます。ALになった学生は学内のバリアフリー状況を調べて改善を提案します。

総合科学部3年の諏訪春菜さん(20)は08年度にALの資格を取りました。諏訪さんは車いすの生活です。講義のある教室の番号が目に障害がある学生にとって分かりにくいので字を大きくし、触るだけで番号が分かるようにしました。いすと一体の机は車いすで利用できません。そこで、いすは取り外し健常者と一緒の机で授業を受けられるようにもしました。(中3・大友葵)


医学・心理学の専門家交え保護者にアドバイス −埼玉県東松山市


埼玉県東松山市は2007年度に、小学校に入る時に障害の程度などを判定していた就学支援委員会を廃止しました。代わりに、医学や心理学などの専門家を交えた相談調整会議を設置し、保護者にアドバイスをしています。

市教委によると、障害がある子どもが地域の学校へ進んでも不便がないように、市内の小中学校16校に介助員計44人を配置しています。スロープなど最低限必要な設備は置いていますが、エレベーターなどは置かず、移動などでは人の力で対応することも多いそうです。

相談調整会議から保護者にアドバイスをする際には、保護者や子どもに入学前に授業の体験や見学をしてもらうなど、情報提供を心掛けています。08年度は24件の相談があり、全員が地域の学校へ進学しました。そのうちの13人は特別支援学級で学んでいます。(高3・立川奈緒)



海外はどうなん?



ハード面  配慮に気付かないほど


Photo
車いすが入るよう、席を簡単に移動できる米大リーグの球場(木島英登バリアフリー研究所提供)

高校3年の時に車いす生活になった木島英登さん(36)=大阪府豊中市=は、これまでに世界99カ国を車いすで旅しています。現在はバリアフリー研究所代表として企業や自治体に助言したりしている木島さんに、世界のハード面のバリアフリー事情を聞きました。

バリアフリーの取り組みは地域や国によって違います。例えば、トイレは大きく二つに分かれます。

日本やヨーロッパは障害者専用トイレを用意していることが多く、米国や南アフリカでは健常者用トイレの中に車いすで入れるようにしている場合が多いそうです。

どちらにも良いところと悪いところがあります。障害者専用トイレは設置にお金がかかります。健常者用のトイレを利用する場合は、わざわざ専用のトイレを探す必要はありませんが、介助者が異性の場合、一緒に入るのが難しいです。

木島さんがバリアフリーが進んでいると評価している米国では、映画館や野球場の座席が取り外せて、車いすの人が入りやすいようになっています。「配慮されていることすら分からない」と木島さんは話しています。

「心のバリアフリー」が進んでいる国もあります。ノルウェーでは宿泊費の安いホテルにはスロープやエレベーターがありませんが、ホテルの人がちゃんと移動を助けてくれるので、不自由はあまり感じなかったそうです。(中1・末本雄祐)


ソフト面  教育 健常者と同クラス


北欧スウェーデンでは、障害のあるなしにかかわらず同じ教室で学ぶ混在化教育が行われています。スウェーデンを20回訪れ、日本の障害児教育と比較した「比較障害児学のすすめ」(2003年)を書いた小笠毅さん(69)=東京都小金井市=に聞きました。

スウェーデンの混在化教育は1960年ごろから始まり、身体、知的、精神などさまざまな種類の障害がある子どもたちが、障害のない子どもたちと一緒に同じ教室で授業を受けています。

通常1学級20人の子どもに2人の先生が配置されていますが、障害のある子がいるクラスには点字が読めたり手話ができたりする専門の先生がさらに1人付きます。手厚い対策は、政府の予算の使い方でも分かります。経済協力開発機構(OECD)の「図表でみる教育2008年版」によると、日本では公教育に使う公金の割合は国内総生産(GDP)比で3・4%ですが、スウェーデンは6・2%です。

障害のある子どもが小学校へ入学する際、日本では、教育委員会が「指導」する場合が多いですが、スウェーデンでは生徒と保護者の自己選択権が尊重されています。(高2・楠生紫織)


▽障害のある子どもの96%が地域の学校に −インクルージョン教育


障害のあるなしにかかわらず同じ教室で学ぶことをインクルージョン教育といいます。この制度を取り入れている米国では、障害のある子どもの約96%が地域の学校に通っています。残りの子どもたちは、本人や保護者の希望で、特別支援学校などに通学しています。

浦和大学短期大学部の南舘こずえ専任講師によると、1975年にインクルージョン教育をするように定めた法律ができました。障害の有無などの区別をつけずに同じ学校に通い、しかも一人一人に合った教育を受けるようにすることが目的です。障害や人種など関係なくさまざまな人と学校生活を送ることで、配慮や接し方を学ぶことができます。

南舘先生によると、日本のように先生が教壇に立って一斉に授業をするのではなく、グループで調べものをしたり、議論したりするので、共に学びやすい環境ができているそうです。

学校や地域によって、授業の形態や教材を工夫するなどの違いはあります。同じ教室で、障害のある子どもも同じ内容の授業を受ける場合と、本人用に特別な教材を用意する場合があります。どういった方法で学ぶかは、本人や保護者、教員等、関係する人たちが集まってみんなで決めます。(高3・立川奈緒)



行政のサービス不十分
ヘルパー育成にお金を
障害者と交流増やそう

ポイント

桜美林大健康福祉学群の茂木学群長に聞く

 

障害のある人たちへの支援について、桜美林大健康福祉学群の茂木俊彦学群長(66)=障害児心理学=に聞きました。日本では、国や自治体が支援に取り組む時に、支援を受ける人たちの意見を聞くことが不十分だと説明します。

茂木先生は、「今ある制度に沿ったサービスだけを届けるのではなく、制度そのものを障害者に合うように変えていくことが大切」と言います。

例えば、車いすの子どもが地域の学校に行きたいと希望しても、学校にスロープやエレベーターがなければいけません。授業の進め方も、クラスの人数を少なくしたり、先生の数を増やすなどして、実態に合った教育をする必要があります。

国や自治体が、財政面を含め積極的に支援することが大切だとも話していました。

駅のホームに点字ブロックがあっても、混雑している場合は分かりにくかったり、ホームから押し出されて転落したりする危険性もあります。ホームにドアや柵を作って、安全性を高めるなどの対策が望ましいそうです。また、「障害のある人が外出する際に支援するガイドヘルパーについても育成やお礼のためにもっとお金を使うべき」と主張していました。

茂木先生は「現在でも障害のある人とない人との交流の機会が少ない」と指摘します。小さなころから障害のある人と付き合っていくことで、願いや希望を知り、気持ちの壁がなくなっていくそうです。

同時に、「障害の種類によって、できること、できないことがいろいろある」としたうえで茂木先生は、それぞれの障害がどんな困難をもたらすかを科学的に理解することによって、障害者に対する誤った認識をなくしていく必要がある、と言います。(中3・高木萌子)