今回の投稿は、48通届きました。新記録です。このまま増え続けてくれたらうれしいな。友達にもこのコーナーのことを教えてあげてね。
ベービー誕生(写真提供ベックさん) |
また添えられたメッセージに、たくさんの人が海外の友達に広島を説明するのに役立つと書いてくれているのがうれしいです。広島市南区の camino さんは海外のペンフレンドに、これまで原爆のことを説明したことがなかったんだけど、今ヒロシマについて書こうとしているんだって。
機会があれば外国の人にヒロシマの歴史を伝えていこうと、みんなに思ってほしい。実際、ほとんどの外国人はヒロシマのことについてほとんど知らないからね。
最後に、私ごとだけど、素晴らしいニュースがあります。9日に長男輝安(きあん)が生まれたんです。彼が、自分は特別な場所に生まれたということを、感謝するような大人になってくればと思っています。
米国イリノイ州出身。ニューヨークの大学と、サンフランシスコの大学院で演劇を勉強。大学院生のときに「ピースコール」というボランティアとして、ヨーロッパのチェコで英語の先生をした。広島市安佐北区在住。
1945年8月6日の朝は、雲一つないほど晴れていました。空に太陽が昇ると、気温もぐんぐん上がっていきました。突然、アメリカの飛行機3機が広島上空に姿を現しました。空襲警報が鳴り響く前に、爆弾は落とされました。それが人類に対して初めて使われた原子爆弾だったのです。
英語翻訳の応募は、下のフォームから送れます。どしどしチャレンジしてね。
原子爆弾はヒロシマの上空約600メートルで爆発しました。空に目がくらむような閃光(せんこう)と巨大な火の玉ができました。この火の玉は焼けつく熱線と、命を奪う放射線を放ちました。爆発はまた建物を破壊し、人々を吹き飛ばす猛烈な爆風を作り出しました。数秒の間に街のほとんどが破壊され、非常に多くの人々が殺されました。
※締め切りは4月5日(必着)です。
英訳のヒント