english
8.6探検隊

(13)慰霊碑の言葉 だれが考えたの

Q

原爆慰霊碑に書かれている言葉はだれが考えたんですか。




A

教授が考案 主語で論争

雑賀忠義さん

「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」。平和記念公園(広島市中区)の慰霊碑にそう刻まれている。平和への強い決意を感じさせる。考えたことがなかったけれど、だれの文なのかな。調べてみた。

答えはすぐ分かった。広島大の先生だった。英文学が専門で、碑の設置が決まった1951年に、文学部教授となった雑賀忠義さん(故人)だ。広島市によると、このときの浜井信三広島市長(故人)が碑文をどうしようかと悩んでいたところ、雑賀さんの旧制広島高時代の教え子だった当時の秘書係長が紹介したのだという。雑賀さん自身も被爆者だ。


photo
平和記念公園を訪れる人が手を合わせる原爆慰霊碑

旧制広島高同窓会の「廣高とヒロシマ」にこの秘書係長が寄せた寄稿などによると、雑賀さんは「祈りと誓いの言葉を刻みたい」という浜井市長の思いを聞き、約二時間で大まかな構想をまとめ、翌日には現在の文を完成させたという。

「全人類」を想定

そして今から55年前の8月6日、慰霊式ならびに平和記念式(現在の平和記念式典)で除幕されたんだ。しかし思わぬ事態が起きた。

この年の11月、国際会議のため広島を訪れたインド代表の国際法学者ラダ・ビノッド・パール博士が、この文の主語は日本人を指すことは明らかとし、「過ち」という言葉を批判したんだ。原爆を落としたのは日本人ではない、戦争も日本だけが起こしたものではないのになぜ「過ち」なのか、という趣旨だ。その後もいろんな意見が出され、これは「碑文論争」とも言われている。

ところが調べてみると雑賀さんは慰霊碑が完成する前に、この文の英訳案を考えていたことが分かった。そこには主語を「We(われわれ)」としてあった。戦争や核兵器の使用という過ちを繰り返さないことを日本人も含めて全人類が誓う言葉だ、というのが彼の思いのようだ。

当時広島大生だった青木晴夫さん(77)=米国在住=にメールで取材したところ、青木さんは原爆慰霊碑完成の直前、米国人客員教授を雑賀さんの家まで案内し、碑文の英訳案についての議論に同席したという。主語について客員教授は「米国だけが悪いのでWeはおかしい」と主張。雑賀さんは「日本人も悪い」と譲らなかったという。また雑賀さんが秘書係長にあてた書簡によると、その後イリノイ大文学部にも意見を聞いたらしい。

雑賀さんはパール博士に抗議していたようだ。二男飛龍さん(79)=南区=は英文でタイプされた下書きと見られる書簡を見せてくれた。「過ちを繰り返さないためすべての国が団結すべきだという意味は明白。1000人中999人が分かることだ」と批判している。

忘れられぬ授業

広島大での教え子の熊川賢さん(75)=廿日市市=と大西比呂志さん(74)=佐伯区=は授業中、雑賀さんが「だれそれが悪いという次元の考えで、これからの人類が一体となって恒久平和の実現ができようか」と力強い言葉で訴えかけたのを忘れられないという。

碑文の前にもう一度立った。21文字から前より強い思いが感じられる気がした。(森岡恭子)


 

なるほどキーワード

  • 原爆慰霊碑

    公式名は広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)。下には原爆死没者名簿を納めている石室がある。