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みんなの平和教室

 瀬谷ルミ子(日本紛争予防センター事務局長)
 


前回の課題

 あなたの宝物を友達が取り、ケンカになりました。「もう返さない。でも仲直りしよう」と言ってきました。周りの人は仲直りはいいことだと言います。仲直りしますか、しませんか。するには何が必要ですか。

 
 
瀬谷ルミ子 せや・るみこ

1977年、群馬県生まれ。中央大卒、英ブラッドフォード大学院修了(紛争解決学)。紛争後に兵士から武器を回収し社会復帰させることや平和構築が専門。NGO職員(ルワンダ)、国連ボランティア(シエラレオネ)、日本大使館書記官(アフガニスタン)、国連職員(コートジボワール)などとして紛争地での支援活動に携わってきた。2007年4月から日本紛争予防センター事務局長。

日本紛争予防センター http://www.jccp.gr.jp/
瀬谷さんのブログ「紛争地のアンテナ」
   http://ameblo.jp/seyarumi


被害者の望み考えて
心の底から謝罪を
「真実」を明らかに


今回の課題に回答を送ってくれたほぼすべての人は、まずは相手が宝物を返してくれなければ仲直りできないとしていました。課題は相手に奪われたものを「宝物」としましたが、実際の紛争地では、お金や物だけでなく、一度失ったら絶対に返してもらうことができない自分の家族や友人の命だったりします。このような場合、何よりも大切なのは、福山市のおかださんが言う通り、外部の人間の都合や意見で和解や仲直りを押し付けるのではなく、被害者は何を望んでいるのかを考えることでしょう。


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以前、私は平和を築くために和解は不可欠だし、和解は良いことだと考えていました。しかし、10年前にボスニアとクロアチアで紛争後の和解について調査をしたとき、「和解」という言葉を大切な人を失った人々に投げかけることがとても無責任で理不尽なこともあると感じたのです。日本で殺人事件の遺族に「犯人との和解はどうするんですか」と尋ねるのと同じと言えます。

紛争地では、被害者が加害者との和解に歩み寄ることもあれば、完全に和解するわけではないけれど争わずに「共存」する場合もあります。どちらも「悲劇を繰り返さないため」相手に仕返しをしないという被害者の強い信念や忍耐が伴います。


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では、このような状況を少しでも改善するためにできることは何でしょうか。

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遺族により街頭にはられた被害者の追悼の写真(クロアチア東部、2000年、筆者撮影)

広島市安佐南区の祇園東中2年、安成悠香さんや日本松佐佳さんほか数人が書いたように、できる限り償うという加害者の姿勢や、心の底からの謝罪がありますね。亡くなった人の代わりにはなりえないけれど、被害者や遺族の憤りや心の傷を多少いやすことにつながることもあります。遺族への経済的な補償などにより、その気持ちを示すこともあります。

しかしこれは、多くの皆さんが回答したように加害者側が「真実」に基づき、自分がしたことを理解したうえで行うことが大前提になります。

それには、祇園東中の平原宏美さん、柴田実咲さん、有川大生さんほか皆さんが言うように、なぜそのような行動に及んだのか、実際に被害者がどれだけの被害や悲しみ、心の傷を負ったのかなども含めた「真実」をできる限り明らかにすることが不可欠です。

時間も心の整理をつけるのに重要な役割を果たすとされますが、大切な人がなぜ死ななければいけなかったのか、なぜ行方不明なのかすら分からないままでは、遺族にとってはその事件は「過去」ではなく、ずっと「現在進行形」の苦しみになり続けるからです。

原因が複雑で被害者が多い紛争では事実確認すら困難なことがありますが、そのようなとき、裁判とは別に「真実和解委員会」という、加害者と被害者がそれぞれの真実を伝え共有する場を設けることがあります。お互いの納得や見解の一致があって初めて歩み寄りが可能となるのです。

真実を明らかにするというのは、遺族が事件や紛争を「過去」のものとして、未来を少しでも見ることができるために不可欠なプロセスだと言えます。

紛争で壊れた社会を平和にするということは、遠くから見るととても素晴らしいものですし、争いが再び起こらないためには必要なことです。一方、私たちがよく口にする「平和」は、実際にはこのような多くの困難の積み重ねの上に成り立っていることがほとんどです。広島が平和都市と呼ばれて久しいですが、ここに至るまでには紛争地と同じようなプロセスを経験した多くの人生があったのだと感じます。