反核の声阻む社会状況/宗教・教育の壁


漁村の一角に設けた夜間学校で学ぶ子どもたち。昼間、
学校へ行けない子らを対象に、地域の青年たちがボラン
ティアで運営している
(カラチ市)

 一九九四年九月、インドとパキスタンの関係改善を目指す両国市 民によるグループが生まれた。シリーズ第七部で紹介した「平和と 民主主義を求めるパキスタン・インド人民フォーラム」である。

 これまでにニューデリー、ラホール、カルカッタと三都市で大会 を開き、その輪は確実な広がりを見せている。

 この人民フォーラムでは、印パ間における通常兵器の相互削減や 核開発をストップさせるにはどうすればいいかを話し合ってきた。 内容の一部は既に紹介済みだが、フォーラムでは軍事面ばかりでな く、宗教や教育問題についても同じウェートを置いて議論してき た。

 両国間の軍事対立を超え、平和を築くことと、宗教や教育問題が 密接に関係しているとの認識からである。

 インドの人口約九億五千万人のうち、ヒンズー教徒は八二%で、 イスラム教徒は一一%。キリスト教徒、シーク教徒、仏教徒、ジャ イナ教徒が続く。

 パキスタンでは、約一億四千万人のうちイスラム教徒が九八%。 キリスト教徒とヒンズー教徒はわずか二%にすぎない。

 むろん、印パ間で一番問題になるのは、ヒンズー教徒とイスラム 教徒の関係だ。インド国内で両者の関係が悪くなると、それはその まま印パ関係にも影響する。

 九二年十二月、インド北部ウッタルプラデシュ州アヨジャ市で起 きたヒンズー至上主義者による「バブリ・モスク」の破壊は、イン ドの広範な地域で両派間の激しい衝突に発展。イスラム教徒を中心 に数千人の死者を出した。

 パキスタンで取材中、中学生から大人まで多くの人たちがこの事 件とカシミールを例に引きながら、「インド人(ヒンズー教徒) は、イスラム教徒にひどいことをしている」と不信をあらわにし た。

 人民フォーラムに集う人々らは、印パ両国でヒンズー至上主義者 やイスラム至上主義者が増えることに強い危機感を抱いている。

 「宗教的非寛容に走らないためには、教育を改革し、広い視野で 社会や世界が見れる若者を育てるしかない」。フォーラム参加者に 限らず、両国の私立中・高校教師らからも耳にした話である。

 しかし、現実には圧倒的多数の貧困層を対象とする公立校で実施 するのは容易でない。識字率が二〇%とも言われるパキスタンで は、政府や議会に「子どもたちに教育を与えなければ」との意識が 希薄だからだ。

 人民フォーラムの提唱者の一人、パキスタン人の元大蔵大臣ムバ シ・ハッサンさん(75)が指摘するように、南アジア諸国では、英国 から独立後も少数の者が大多数を支配する社会構造は変わっていな い。

 インドやパキスタンでは、今も人口の七〇%余りが田舎に住む。 田舎へ入るほど一部の地主が支配する封建社会が残っているのであ る。

 「義務教育が完全に実施されている日本人には想像し難いだろう ね。でも、議会を牛耳っている封建地主らには、国民の教育のこと など眼中にないんだよ」。ハッサンさんは自国の例を挙げながら、 深いため息をついた。

 宗教的非寛容を排除するには、教育改革を必要とし、そのために はカースト制度を含む封建的社会を民主主義社会に変えていかねば ならない。それが印パの関係改善につながり、核兵器やミサイルを もってしての対立も解消できる…。

 隣国との関係改善や反核の輪の広がりは、政治姿勢と同時に、宗 教の在り方や教育改革、民主主義社会の推進と切り離しては考えら れない。

 「核兵器開発に反対する気持ちはヒロシマと同じ。でも、容易に は人々に浸透してゆかない」

 ヒロシマに心寄せる両国の知識層からこんな声をしばしば聞い た。その言葉は、こう訴えてもいた。「印パの核問題を考える際 は、インド亜大陸の置かれた社会状況についても十分知っておいて ほしい」と。


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