政治の壁崩す貿易促進/ビジネス界


日本人商社マン(右側2人)と商談するターリク・サ
イゴールさん。「日本の投資もわが国の平和と安定に
貢献する」
(ラホール市)

 インド国境に近いパキスタン第二の都市ラホール。繊維、セメン ト、建設などいくつもの会社を経営するコヒヌー・ラワルピンディ ・グループの本部は、市街地中心部から車で十数分の閑静な一角に あった。

 「今日は日本人ビジネスマンと商談する。後で紹介するよ」。グ ループ代表のターリク・サイゴールさん(57)が、笑みを浮かべ自室 に迎えてくれた。

 「パキスタン経済は今、激しいインフレなど厳しい状況下にあ る。一つの希望は、インドとの経済的つながりを太くすることだ 」。ラホール商工会議所会頭も務めるサイゴールさんは、落ち着い た口調で言った。会員数八千六百人。カラチに次ぐ国内第二の規模 である。

 「私は機会あるごとに言い続けているんだ。隣国との関係はトッ プダウン方式のアプローチじゃだめだ。ボトムアップでないと、て ね」

 「それはどう言う意味ですか?」

 「つまり、インドとカシミール問題を政治的に解決し、それから 貿易を、という考えでは駄目だということだよ。まず民間レベルで 貿易を始める。そうすればカシミール問題の解決の糸口も見えてく る」

 サイゴールさんは、インドとの貿易が本格化すれば、パキスタン の利益であるばかりか「両国間に平和の土壌を作り出す」と信じて 疑わない。

 既に昨年五月には、インド最大の経営者団体「インド産業連盟 (CII)」の代表四人がカラチとラホールの商議所を訪れ、食 品、スチールなど貿易対象となる商品について話し合った。

 「フランスとドイツの関係だってそうだ。貿易が先にあって、緊 張緩和をもたらした。現実的対応にたけた経済人が、イデオロギー 優先の政治家より平和に役立つこともある」

 パキスタンでの取材を終え、インドに再び戻った私は、十二月下 旬、ムンバイ(旧ボンベイ)のCIIオフィスを訪ねた。

 「インドでもパキスタンとの貿易を促進しようとさまざまな動き が出ている。五月のパキスタン訪問後、そのための作業部会もでき た」。CIIに二十一年勤める事務局長のジャヤント・ブヤンさん (46)は、広いデスクを挟んで言った。

 自動車、通信、観光…。全産業を網羅した三千五百社加盟のCI Iの方針は、インド政府にも大きな影響力を持つ。

 一九九一年に踏み出した統制経済から自由経済への歩み。この間 にインド経済は大きな変ぼうを遂げた。競争の厳しさの半面、優れ た商品を消費者に安く提供したり、ジョイントベンチャーなどで新 しい雇用もつくり出してきた。日本企業の進出も本格化している。

 「ビジネス界だけでなく、一般市民がそのメリットを感じ始めて いる。パキスタンを含め、南アジア各国との経済交流の潮流を逆戻 りさせることはもうできないだろう」

 パキスタンでは、二月に元首相のナワズ・シャリフ氏が再び首相 に就任。インドでは四月、外相のインデル・グジュラル氏が新首相 に選ばれた。

 ジャムー・カシミール地方の暫定国境(支配ライン)を挟んで印 パの戦闘はなお続いている。

 が、その一方、両首相は五月半ば、インド洋に浮かぶモルディブ での南アジア地域協力連合(SAARC)首脳会議に出席。九三年 以来途絶えていた印パ首脳会談をほぼ四年ぶりに開いた。緊急時に 話し合う「ホットライン」の設置や、カシミール問題を含め対話を 重ねることで合意した。

 「パキスタンの経済界の代表が、二月と四月に数人ずつやって来 た。インドからもこの秋には十数人規模の代表を派遣する」。今月 半ばに電話で話したブヤンさんは、最後にこう付け加えた。

 「政治的にもいい兆候が見えている。本格的な取引が始まるのも そう遠くないだろう」と。


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