結束し保有国包囲網を/非核地帯


雑誌や新聞に寄稿し、自分の考えを訴えているエリッ
ック・ゴンサルベスさん。「独立50年の節目をアジア
非核化への一歩にしたい」
(ニューデリー市)

 ニューデリー市街中心部にほど近いインド国際センター。学者、 芸術家らインド知識階層の交流の場として知られるそのセンター で、昨年九月半ば、元外交官のエリック・ゴンサルベスさん(69)に 会った。

 「広島を初めて訪問したのが一九五七年。それから数回訪ねた。 廃虚から目覚ましい復興を遂げた市民の努力と、原爆投下国に対し て憎しみを抱いていない人々の心が強く印象に残っている」

 ゴンサルベスさんは、やや早口の英語で広島体験から話し始め た。七五年から三年間、インドの駐日大使として東京に滞在。日本 通であると同時に、八二年から退官までの四年間は、欧州共同体 (現欧州連合)大使としてブリュッセルで勤務。欧州各国の協調へ の模索を肌で感じてもいた。

 こうした幅広い体験が、彼の見識を支えているのだろう。「わが 国では少数派の意見だが…」と苦笑しながら、明確にこう言った。 「インドは包括的核実験禁止条約(CTBT)に加盟すべきだよ。 そうすることで、パキスタンのインドへの不信も薄らぎ、彼らもC TBTに加盟することになるのだから…」

 ゴンサルベスさんは、印パの正規軍同士が現在所有している通常 兵器で全面戦争することすら「破壊が大きすぎてできない」と言 う。「核兵器開発を含め軍備競争を続けるのは、時代遅れであるば かりか、資源の浪費以外の何ものでもない」

 インドはこれからも、核保有五カ国に核廃絶への道筋を示すよう 要求を続けていかねばならない。しかし、米国は今後五十年間、核 兵器保有の意思を持っている。その政策を短期間に変更させるのは 容易ではない、と見る。

 「より現実的で、インドや南アジア全体の利益にもなる政策は、 インド洋を含めたこの地域を非核地帯に定め、その範囲を広げてゆ くことだ」。ゴンサルベスさんはこう強調する。

 「既に中南米諸国をはじめ、アフリカ、南太平洋、東南アジアの 各地域で非核地帯化が進んでいる。南アジア全体を非核化すること で、核保有国に包囲網をつくってゆくことが大切だ」

 むろん、米国、中国、ロシアがその地域に核配備をしないという 三カ国の条約順守も欠かせない。最も困難を伴う核査察も、イン ド、パキスタン両国の前向きな意思があれば不可能ではない、とい う。

 ゴンサルベスさんは、さらに「先制核不使用宣言を核保有国から 取り付ける取り組みも重要である」と指摘する。「中国だけが先制 攻撃をしないと表明している。それをすべての核保有国に求め誓約 を取り付ける。非核保有国にとって、これは当然の権利だろう」

 外交官として三十六年間一線に身を置き、世界の変化を見続けて きた。米ソ冷戦の厳しいさなか、一方の核超大国ソ連の崩壊をだれ が予測しただろうか。冷戦後に進む欧州統合・融和への歩み、東南 アジア諸国連合(ASEAN)も隣国への不信を互いに克服しなが ら政治、経済面で成果を上げている。

 「私の主張していることは…」と、ゴンサルベスさんは身を乗り 出して言った。「決して理想でも何でもないんだよ。変化する世界 の中で南アジアの国々が生き延びるには、地域協力によって経済発 展を遂げていかねばならない。それができなければ、二十一世紀の 国際社会に完全に取り残されてしまう」

 ところが、政治家たちの多くは、十年、二十年単位でものを見る のではなく、次の選挙で議席を確保することしか考えない。「票に なると思うと、宗教的対立だってあおる。本当に必要なのは、新し いビジョンを持った指導者なのだ」

 元外交官は、ポリティッシャン(政治屋)ではなく、真のステイ トマン(政治家)の出現に期待する。

                (田城 明編集委員)


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