自宅の庭で家族とくつろぐバルラージ・プリーさん (左)。「忍耐と英知を持ってすればカシミル問題も 解決すると信じている」 (ジャムー市) |
インド北西部に位置するジャムー市。ここで生まれ育った社会活 動家で、ジャーナリストのバルラージ・プリーさん(68)は、一九四 七年八月のインド、パキスタン分離独立後に起きたジャムー・カシ ミール地方の分断の歴史をつぶさに見てきた。
「インド側管理地域では、半世紀の間でここ六、七年が一番悲劇 的な時だ」。資料に囲まれた自宅書斎で、プリーさんは悲憤を込め て言った。
一九八九年末から起きたジャムー・カシミール地方の独立・自治 を求めるイスラム教徒武装ゲリラとインド治安部隊との武力衝突。 すでにゲリラや市民ら五万人以上の犠牲者を出し、スリナガル市と 周辺のカシミール盆地から避難したヒンズー教徒難民は、ジャムー だけで十四万人を数える。
「理想は印パ両国にも、地元住民にも満足の行く解決法を見いだ すことだ。でも、互いに自己主張ばかりしていたのでは、解決はお ぼつかない」
ヒンズー教徒のプリーさんは、十四歳で英国植民地からの独立運 動に参加。独立以前からジャーナリズム活動を始め、今も地元紙や 全国紙に寄稿しながら人権擁護活動などに取り組む。
「私は今、印パ両政府や、さまざまな政治グループに解決のため のあらゆるレベルの対話を呼び掛けている。何よりもカシミール盆 地で続くゲリラ部隊とインド治安部隊の武力衝突を早く治め、平和 を取り戻すこと。これが一番の緊急課題だ」
武力によっては何も解決しない。そのことを当事者は認識しなけ ればならない、という。「パキスタン政府はゲリラ支援をやめ、イ ンド政府は治安部隊を減らす。そこから始めないと…」
イスラム教を国是とするパキスタン政府は一貫して、四八年の国 連決議に基づく住民投票の実施を求める。
一方、宗教に立脚しない世俗主義を国是とするインド政府は、当 初は住民投票を約束しながらそれを実施せず、やがて「ジャムー・ カシミール地方は、不可欠の領土の一部」と主張し始めた。
「国連決議に基づく住民投票での選択は、印パどちらかへの統合 のみ。でも、カシミールのイスラム教徒には、独立志向の若者が増 えている。両国ともこうした声を無視すべきではない」と、プリー さんは強調する。
パキスタン側管理地を含むジャムー・カシミール地方全体の人口 は約千二百四十万人。うちイスラム教徒が八〇%を占める。しか し、ヒンズー教徒が六五%のジャムー地方や仏教徒が大半のラダッ ク地方では、インド側管理のジャムー・カシミール州から分離し、 インド政府の直轄管理を求める声も根強い。
プリーさんは「将来に対する州内住民同士の対話も欠かせない と」と言う。
「意見の違いを暴力で封殺するのではなく、それを出し合い粘り 強く話し合う。両国政府も国家利益より住民本位にものを考える。 当事者間の妥協や寛容の精神も欠かせない。そうすれば、おのずと 解決の道は見えてくるはず…」
ジャムー市などに住むヒンズー教徒難民や、暫定国境(支配ライ ン)を越え、アザッド(自由)カシミールに避難したイスラム教徒 難民。悲惨な状況下にある彼らが一日も早く故郷に帰れるよう「印 パ両政府と地元州政府が話し合うことも重要だ」と、指摘する。
「インドもパキスタンも『国家利益のために』と互いに主張を譲 らなかった。そして多くの人命と金を消耗し、今もシアチン氷河で 不毛の戦闘を続けている。でも、それで得たのは何もない。残った のは地元民の苦しみと、国民全体の貧困にすぎない」
印パ両国対立の「ガン」となっているカシミール問題。プリーさ んは「早期解決実現に役立ちたい」と、執筆のかたわら、インド側 管理のイスラム教徒指導者らと話し合いを重ねている。