敵国扱いからの脱皮を/教育改革


「宗教は個人的なもの。国家が教えるも
のではない」と話すハージャ・フッドボー
イさん
(イスラマバード市)

 「死んだヒンズー教徒が一番いいヒンズー教徒なんだ」

 パキスタンの中・高校教諭のハージャ・フッドボーイさん(44) は、中学時代に先生から聞いたその言葉が今も忘れられない。歴史 の授業で、先生はしばしば生徒にこう教えた、という。「私の世代 はこんな教育を受けてきた。今でも、同じようなことを言っている 教師もいるのよ」

 束ねた長い黒髪。ほっそりとした体。昨年十一月初旬、イスラマ バード市内の自宅で会った彼女は、自らの体験を交えながら自国の 教育事情を率直に語った。

 教育省作成のカリキュラムでは、「インドは敵国」として扱われ ている。

 「生徒たちは学校で、インドに対してジハード(聖戦)の精神を 鼓舞される。こんな教育を受けると、成長しても同じ目でしかイン ド人をみることができない。子どもたちの柔らかい心に最初から毒 を与えるようなもの」と、彼女は言う。

 歴史教師として私立校で十二年間教え、うち四年間は校長を務め た。が、「もっとDECENT(品位のある)教育がしたい」と、 昨年七月に学校を辞め、今年一月の私立校開校を目指し奔走中だっ た。

 授業では、インドやアフガニスタン、イランなど隣国について教 えてきた。

 「私はどこの国も敵国扱いしない。近隣諸国がどういう歴史を経 て今のような状況にあるかを客観的に説明する。宗教の歴史も同 じ。イスラムもヒンズーも他の宗教も優劣はつけない。多様な価値 観を大切にするよう教えてきた」

 比較的裕福な家庭の子どもたちが学ぶ私立校に比べ、公立校の中 身は「極めて悪い」と、彼女は言う。「生徒たちは読み書きすら教 えられなかったり、教師がさぼって学校へ行かないケースもしばし ば…」

 政府が教育に力を入れない。予算がないため、校舎も教材もひど く、先生の給料も悪い。パキスタン社会は、今も封建地主が大きな 力を持つ。国会議員の大半は、こうした地主層である。

 「優れた教育が国の発展のカギを握っているということが、なか なか理解されない。封建地主ら支配層の特権を維持するには、国民 が無知なままの方がいいと考えているんでしょう」

 人口は推定で一億四千万人。識字率は政府発表で三五%とされて いるが、実際は二〇%程度とも言われる。

 「こんな状態では、インドとの関係も政府の見方だけがテレビな どで伝えられ、自分たちの考えを持つことなど不可能」と、フッド ボーイさんは嘆く。

 「軍事費を削減して教育にもっと力を注がなければ…」。パキス タンでもインドでも、両国の関係改善を願う人たちから、何度その 言葉を耳にしてきただろう。

 ラホールで会った元パキスタン空軍最高司令官で、現在は人権擁 護活動に取り組むザファー・チョホドリーさん(71)も、そんな一 人。彼は力を込めてこう言ったものである。

 「独立から半世紀がたとうとするのに、政府は国民に教育すら与 えることができない。軍事よりも教育を充実させ、国民が衣食住に ありつけることの方が優先されなければならない」と。

 インドの中・高校でも、パキスタンについて歴史を踏まえたきち っとした教育はなされていない。パキスタンの子どもたちがインド に抱くほど強烈ではないにしても、何となく「悪い国」とのイメー ジは定着している。

 「私が他の教師仲間とやろうとしているのは、大海に一滴を落と すだけかもしれない。でも、いつかは必ず成果が見えてくると信じ ているわ」

 先月、国際電話で彼女と話した。 「計画通り、一月に五十二人の生徒と十人の教師で学校をスタート させたの。二十一世紀にふさわしい世代を育てるから期待してて …」

 フッドボーイさんの新しい教育への挑戦は、既に始まっていた。


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