政治記事などのほかに週1回は新聞に経済コラムを書 くモハメッド・ナクビさん。「政治のローン返済額は 年々増えている」 (カラチ市) |
「わが国の国家財政は破たんしている。そう言っても過言じゃな いね」。パキスタンの著名なジャーナリスト、モハメッド・ナクビ さん(69)は、カラチ市北部の自宅で執筆中の手を休めて言った。
白髪に白い民族服。半世紀近いジャーナリスト生活の中で、自国 の軍事独裁政権批判などのため、二度新聞社を追放された。今はフ リーランサーとして、カラチに本社のある英字紙「ドーン」に経 済、政治、安全保障問題など幅広いテーマで寄稿を続ける。
「一九九六年度の政府一般歳出の約八〇%は、負債の返済と軍事 費で消えてゆく。一二%は政府運営費。残り八%で土木建築から教 育、文化までやろうというのだ。何ができるかね…」
深いため息をついたナクビさんは、一呼吸おいてさらに続けた。 「パキスタン政府は日本など外国政府と世界銀行から毎年ほぼ二 十五億ドル(約三千億円)の援助を得ている。でも、それに対する借 金返済は二十億ドル(約二千四百億円)に達する。実際に残るのはわ ずか五億ドル(六百億円)にすぎない」
ローンが蓄積された背景には、借りた金が社会基盤整備や生産の ために使われず、かつての軍事独裁者ら一部の支配層のポケットに 入ってしまった、という事情もある。
米国は、アフガニスタン戦争が終結する一九八〇年代後半まで、 パキスタンをソ連封じ込めの「反共の砦(とりで)」として利用。 武器供給など膨大な有償、無償の援助を続けた。
「結局、こうした援助はパキスタンの庶民にとって何の助けにも ならなかった。それどころか、今では大変な重荷になっている」
世界銀行や国際通貨基金(IMF)は、共産主義の脅威がなくな った今になって、「わいろなど腐敗が是正されなければ金は貸さな い」と、厳しいチェックを始めた。軍事費の削減も要求する。
「IMFなどに指摘されるまでもない。軍事費の大幅削減なしに は、わが国の国家財政は崩壊してしまう」
しかし、パキスタン軍部はこれまで、必要予算の獲得に何の困難 もなかった。軍部の力は、それほど絶大だと言われる。
「私は軍事費を今後五年間に五〇%削減するよう提言している。 そのためには、安全保障に対するこれまでとは違った新しい発想と 政策が求められる。インドとの間で何らかの軍縮合意に達すること も重要だ」
オランダ・ハーグにある「社会学研究所」がまとめた『インド・ パキスタンの軍備競争における開発への影響』リポートなどによる と、インドでは八六年から九三年までの政府予算に占める軍事費は 平均一五%。これに対し教育・福祉・健康関連予算は合わせて四% にとどまる。
一方、パキスタンでは同期間における軍事費の平均は政府予算の 二八%、教育・福祉・健康予算はわずか三%である。
印パともに、核兵器やミサイル開発予算の相当部分は、軍事費と してではなく原子力関連予算や、宇宙開発予算から回されており、 実質的な軍事費はさらに増えると見られている。
「財政的にはインドよりもパキスタンの方が厳しい状況にある。 でも、教育や公衆衛生の遅れ、貧困、失業…どれを取っても同じ問 題を抱えている。両国とも核開発などに金を注ぎ込んでいる場合で はないのだよ」
印パの半世紀にわたる対立。それに伴う膨大な軍事費の負担。両 国国民が、民生向上を犠牲に支払った「社会的ツケ」は、余りにも 大きい。
「今のような対立を続け、軍事費を浪費してゆくことは、貧困を 存続させてゆく『保障』にしかならない」
民衆の暮らしに常に目を向け続けてきたナクビさん。老練ジャー ナリストは、印パ間の和解を願いながら紙上で発言を続ける。