無給で働かされる子どもの人権や平和について、社会 活動家と話すディレンドラ・シャルマさん(右) (ニューデリー市) |
政府治安当局やマスコミの直接、間接の嫌がらせを受けながら核 兵器開発に反対の声を上げるパキスタンの少数の有識者たち。 「世界最大の民主主義国家」を自認するインドでも、政府や核権 力体制は反核の声に神経質に反応する。
元ジャワハラル・ネール大学院大学准教授で、インドの反核運動 の創始者として知られるディレンドラ・シャルマさん(64)=ニュー デリー在住=は、シリーズ第四部「知識人の半生」で紹介した通 り、身をもって当局の弾圧を体験してきた一人である。
「私が反核市民団体を旗揚げした一九八〇年代初期に比べ、表現 の自由という意味では、今の方がやりやすくなった」。シャルマさ んは自宅でこう述懐する。
しかし、以前より難しくなった面もある、という。包括的核実験 禁止条約(CTBT)交渉などをめぐり、インド人の核開発支持の 世論が高まっているからだ。
「私の同調者だった人の中にも、核保有国への反発から政府の核 オプション支持に回った人もいるよ」
ヒンズー至上主義を掲げる最大野党のインド人民党(BJP) は、「核実験を実施して核保有国宣言をすべきである」と公然と主 張し始めた。パキスタンが原爆を持っている時にスティックでは立 ち向かえない、というわけである。
国内世論の変化。その中でシャルマさんは、これまでの反核の訴 えに加え、一歩踏み込んだ主張を始めた。インド亜大陸の「非核」 に向け、インドがイニシアチブを発揮する重要性である。
「インドは地政学上、南アジアで最も重要な位置を占める国だ。 この地域の安定や、社会的、経済的発展に大きな責任を負ってい る。その国が核保有国となり、亜大陸を核地帯に引きずり込むよう なことになれば、インドはその過ちを一身に背負わねばならない」
産業規模、軍事力、核開発の面からも、インドはパキスタンより もはるかに優位にある。「パキスタン側から見れば、インドのこう した力が脅威と映る。とりわけ、七四年のインドの核実験成功後、 彼らは隣国に深い恐怖を抱いてきた。そのことを理解しなければ …」と、シャルマさん。
核独占を目論む核保有五カ国に反発する多くのインド人。少年時 代、英国からの植民地解放運動に加わった彼の心にも「その気持ち がないと言ったらうそになる」と打ち明ける。
「しかし、BJPのようにその感情を国民の間にあおり、パキス タン人に対し不信を増幅するのは余りにも狭量な考えだ。核推進論 者には、核社会が必然的に抱える非民主主義体質や、核戦争がもた らす破壊の質的変化ということが分かっていない」
いったん核兵器を保有し、実践配備すれば、国民の目にすら分か らないよう地下サイロに格納しなければならない。核兵器やミサイ ルを取り扱う特殊部隊の設置も必要となる。核製造に当たる科学者 から特殊部隊員まで、彼らは家族にすら秘密を漏らすことができ ず、社会から隔絶した生活を強いられる。
核戦争による破壊は、宗教を選ばない。風向きによっては「死の 灰」がヒマラヤ山系に降り注ぎ、やがてガンジスやインダスの大河 を長く汚染し続ける。
「核開発段階での作業者の被曝(ばく)や環境汚染、そして開発 競争に伴う膨大な経済負担…。核大国が歩んできた同じ歴史の過ち を繰り返してはならない」
シャルマさんは、二十一世紀を前に一国の安全保障ではなく地域 の、そして地球規模の安全保障を考えるべき時代を迎えているの だ、という。
「この地域でそのイニシアチブを取れるのは、やはりインド。パ キスタンの核保有を疑う前に、共存のための一歩をこちらから踏み 出さなければ…」
シャルマさんはこう力説する。