「妨害受け届かぬ思い」/反核の普及


アブダラ・ナイヤーさんが教えるカイゼ・アザム大学院
大学のキャンパス。学問の府にも「表現の自由」を脅か
す力が働く
(イスラマバード市)

 イスラマバードのカイゼ・アザム大学院大学でインタビューした 同大教授のアブドラ・ナイヤーさん(52)は、核抑止論を厳しく批判 した後、「日本人にこんな現実も伝えてほしい」と、自身の考えを 広める困難を口にした。

 「例えば、パキスタンには核戦争防止国際医師会議(IPPN W)がある。その医師たちに私の考えを話しても、なかなか理解し てもらえない。議論を重ねてようやく納得するというのが実態。敵 国インドから自国を守るには、核兵器しかないとの考えが染み付い ているからね」

 私自身、印パ両国で取材しながらタクシードライバーら町で出会 った多くの市民に「自国や隣国の核兵器開発をどう思うか」と、問 い掛けてみた。

 パキスタンで得た多くの反応は「軍事に金をかけても自分たちの 生活はよくならないし、ばからしいと思う。でも、インドが核兵器 を持っている以上、仕方がない」というものだった。

 ナイヤーさんは、パキスタンには政治学者をはじめ、宗教家、軍 部、一部マスコミなど核開発推進の強力なロビイストがいる、とい う。

 「私たち少数の者が、核開発に伴う危険を多くの市民に伝えよう としても、こうしたグループによって妨害を受けているのが現実。 私たちのメッセージは思うように市民に届かない」

 そもそも核問題を議題に取り上げ、話し合うこと自体、彼らは好 まないという。反核の立場を鮮明にすると、ウルドゥー語の新聞な どで「インドのエージェント」と、中傷報道される。

 「こうした新聞の発行部数は、せいぜい数万部で世論に大きな影 響を与えているわけではない」とナイヤーさん。「でも、それを読 んだ読者からの直接的な脅しが、反核メッセージを伝える側だけで なく、受け手にまで影響を及ぼしてしまうんだよ」

 ナイヤーさんは「広島、長崎の『原爆の日』の八月六日や九日 は、核問題を考えるいい機会になる」と言う。ヒロシマ・デーに原 爆犠牲者のめい福を祈り、核軍縮について考えるのは、人類全体の 問題。人道的な立場から訴えやすくなる、との理由からだ。

 識字率の低いパキスタンでは、新聞よりもテレビが最も効果的な メッセージの伝達手段となる。被爆五十周年の一九九五年八月六 日、ナイヤーさんらの働き掛けで、一つのテレビ局がインドの反核 グループ製作のドキュメント映画「インドの核」を放映した。

 「その映画は、インドの核開発に反対していたので放映された。 でも、映像には被爆直後の広島の惨状などが盛り込まれており、初 めて原爆被害のすさまじさに接した視聴者の反響は大きかった」 と、ナイヤーさんは振り返る。

 昨年も8月6日に向け、テレビ局に掛け合った。「やりましょ う」との返答は得たが、実行には移されなかった。テレビ局が政府 の統制下にあるだけに、壁は厚い。

 数年来、反核の声を上げ続けるナイヤーさんと、同僚の物理学教 授で、このシリーズ第五部で紹介したパベーズ・フッドボーイさん (46)は、昨年夏、副学長(日本では実質的な学長に当たる)から手 紙をそれぞれ受け取った。

 「政府はあなたの安全保障に対する考えに不快感を抱いている。 今後、安全保障や核問題について学外で発言しないように」と。

 明らかな脅しだった。二人は「私たちはパキスタンの国家利益に 反することは一切言っていない。発言してきたことは、国家利益に かなったものであり、今後も自分たちの見解を表明するあらゆる権 利を有する」と、副学長に返答した。

 パキスタン憲法には「表現の自由」が保障されている。だが、現 実には制約があるのも事実。この国で反核の声を上げるには、勇気 と信念が必要である。


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