インドの農業問題をテーマにした会議を主催するモ ンコンブ・スワミナタンさん(左から2人目)。「平 和へのヒロシマの働きに期待している (チェンナイ市) |
ベンガル湾に面したインド第四の都市チェンナイ(旧マドラス) 市。スワミナタン財団運営の「持続可能な農業と農村開発研究セン ター」は、市中心部から車で約四十分の街外れにあった。
米や小麦の品種改良や栽培方法を改善、巨大人口を抱える多くの インド人の飢えを救い、食料自給を達成した「緑の革命」の指導 者、モンコンブ・スワミナタン博士(71)。昨年十一月下旬、センタ ー長として今も一線で活躍する博士を訪ねた。
「平和達成のカギは、すべての人々が食べ物を得、より平等な社 会を築き、環境を守ることだ。相手への恐怖や不信をどう克服する か…この点も大事だが一朝一夕にはいかない」
食糧問題についての会議の合間を縫ってインタビューに応じてく れたスワミナタンさんは、穏やかな口調で言った。
「インドとパキスタンは、五十年前に分離独立したその時から相 互不信を抱き続けてきた。パキスタンは常に他の国と軍事同盟を結 び、インドは非同盟の立場を取った。インド国民は当然、軍事的備 えをしておかねば安全が脅かされると考えてきたのだよ」
核拡散防止条約(NPT)や包括的核実験禁止条約(CTBT) についても、彼は明確にこう言った。
「インドは常にすべての国が核兵器を廃棄するよう訴えてきた。 なぜ一部の国だけが核兵器の所有を認められるのかね。だれが世界 の警察官の役割を果たす権限を彼らに与えたのか。国連こそがその 役割を果たすべきで、個々の国であってはならない」
スワミナタンさんは、核兵器を保有する大国こそがインド建国の 父、マハトマ・ガンジーの「非暴力精神」を発揮して大量破壊兵器 廃絶への道筋を示すべきだ、と強調した。
だが、インド自身が核兵器開発にこだわる中で、今なおガンジー 精神はこの国に生きているのだろうか…。
「間違いなく息づいているよ。ガンジーは広島、長崎への原爆投 下を人類の恥辱、人間の道徳崩壊と感じた。私を含め多くのインド 人は今もそう感じている。でも、核保有国や原爆製造能力を持つ国 々に囲まれて手をこまねいているわけにもいかない」
九五年にノーベル平和賞を受賞した世界の科学者らでつくるパグ ウォッシ会議は、九六年二月、ジョゼフ・ロートブラット議長ら四 人の連名で、インドのナラシマ・ラオ首相(当時)に「核軍縮への 一歩」であるCTBT成立に協力するよう要請の手紙を送った。
インドのパグウォッシ会議代表のバラチャンドラ・ウドガンカー 博士は、「まるで会議の意思決定であるかのように首相に手紙を送 るのは不当である」と、ロートブラット議長らに抗議文を送った。
「私は常に非核の世界を支持してきた。…しかし、核保有国と非 核保有国の存在を無期限、無条件に認めるNPT再延長や、核兵器 体系向上のための核実験継続を残したCTBTを『核軍縮への一 歩』と認めることはできない。非核世界を求めるパグウォッシ会議 のアプローチの仕方こそ見直すべきである」
若者交流を通じて国際理解促進などに取り組む他のインド知識人 らと会った時も、核保有五カ国への強い憤りが語られた。
スワミナタンさんらは、いわばインドを代表する最も良心的な知 識人と言えるだろう。その彼らが発する核保有国への不信と怒り …。
「私たちは三百年にわたり英国の植民地支配を受けた。西洋列強 の支配のくびきを受ける屈辱だけは二度と味わいたくない」。スワ ミナタンさんは、しみじみと言った。
米国、英国、フランス、そしてロシアも中国も…。インドの多く の知識人にとって、現在の核保有国は、かつてインドを植民地支配 した「西洋列強帝国主義者」と重なるのである。