開発の論理 是認の場に/軍縮会議U


核軍縮をテーマにした国際会議で、インドの「核オプション」追求の
正当性を訴えるジャスジット・シンさん=左端
(イスラマバート市)

 「広島への人類初の原爆投下の時点から、核兵器は世界でヘゲモ ニー(覇権)を取るために使われてきた。国連の五つの安全保障常 任理事国はすべて核保有国である。この事実が核兵器の役割を雄弁 に語っている」

 核軍縮を主議題にイスラマバード市内のホテルで開かれた国際会 議。インドからただ一人参加の元空軍准将ジャスジット・シンさん (62)は、「核問題」を「核政治」ととらえ、半世紀余の核時代の歴 史を振り返った。

 八年前に軍を退き、現在はニューデリーにあるシンクタンク「防 衛調査・分析研究所」の所長。政府や軍との結び付きも深い。

 一九六八年に締結され七〇年に発効した核拡散防止条約(NP T)。シンさんはNPTを「米ソ冷戦で二極化された世界の構造 を、核権力によって維持するための枠組みを作った」と見る。

 フランスと中国はその思惑に反発してNPTに加わらなかった。 しかし、当時技術的に核兵器製造能力を有していた日本、ドイツな どに対しては「核製造への誘惑に歯止めをかけた」とシンさんは言 う。「米国は西側先進国に引き続き『核のカサ』を保障すること で、この不平等条約を受け入れさせたのだ」

 一貫して核実験の全面禁止などを訴えてきたインド。だが、核保 有国の特権を認めるNPTには加わらなかった。とりわけ六二年の 中印戦争で勝利した中国が核開発にまい進している状況下にあっ て、「自らの手を縛る条約加盟など考慮外だった」と制服組の立場 から内情を明かす。

 ほぼ四十五年続いた米ソ冷戦。ソ連崩壊で終焉(えん)を迎える と、核保有国は軍縮に力を入れるより、米国のイニシアチブでNP Tの無期限延長を図った、とシンさんは指摘する。

 NPTに反対していたフランスと中国は九二年に加盟した。九五 年の国連でのNPT見直し会議では、条約でうたわれている締約国 の「全面的かつ完全な軍備縮小」努力には触れず、無期限延長を認 めさせた。

 「包括的核実験禁止条約(CTBT)も軍縮にはつながらない。 五カ国以外に核兵器を持たせないためのもう一つのNPTにすぎな いのだから…」

 インドの立場を強烈にアピールするシンさん。彼の主張とパキス タンの「安全保障専門家」と呼ばれる人たちのNPTやCTBTに 対する見方は、奇妙に一致していた。しかし、核問題を世界の枠組 みから南アジアという地域に限定すると、両国の差は歴然とした。

 「パキスタンがNPTに加盟せず、核オプションにこだわるの は、核開発を続けるインドの脅威に対処するためだ」。カイゼ・ア ザム大学院大学(イスラマバード)防衛戦略研究所教授のザファ・ チマーさん(48)は、こう強調した。

 チマーさんは、インドが核兵器開発で求めているのは「核保有国 と同じ世界の強国としての認知だ」と言う。が、パキスタンにとっ てそれは「生死の問題である」と。

 「仮に…」と、彼は持論を展開した。「インドがCTBTに加盟 しても、パキスタンは加盟すべきではない。自国の領土や主権を隣 国から守るには、現状では核に頼るしか道はないのだ」

 チマーさんはその理由を挙げた。インドと比べ核開発で後れを取 っている。どこの国からも「核のカサ」は期待できない。通常兵器 でもミサイル開発でもインドと格段の差がある。中国からの戦略的 サポートが後退しつつある。西側を中心に「反イスラム感情」が高 まっている…。

 「BALANCE OF  TERROR(恐怖の均衡)。これのみがインドの侵略を防止す るのだ。私はそう確信している」。チマーさんはスピーチをこう結 んだ。

 核軍縮を求めるはずの会議…。しかし印パの代表の発言は、まる で互いの核開発追求の正当性を是認し合う場となった。


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