変革の波 田舎から発信/「小さな園」運動


「小さな園」に集まった農民たちと、新品種の小麦の種
の利用などについて話し合うシャルマさん(左)
(ハリアナ州ラニカシンゴーラ村)

 昨年十一月下旬、ディレンドラ・シャルマさん(64)に誘われ、妻 のニルマラさん(58)とともにニューデリーから南へ四十八キロのハリ アナ州ラニカシンゴーラ村を訪れた。

 シャルマさんが一年前から取り組む「バティカ(小さな園)プロ ジェクト」。縦横約八十メートルの緑の芝生に覆われた園は、広大な農地 が広がる一角にあった。

 門を入るとすぐ右に白壁の家が立つ。二部屋にトイレと台所。ほ ぼ完成したその家の続きには、マンゴーやバナナなどの苗木が植わ る。

 「科学的知識をどう人々の福祉や生活向上に役立ててゆくか、こ れまでに数え切れないほどの論文や記事を書いてきた。インドにふ さわしいエネルギー源についてもね。でも、具体的な実践となると 自分では何もしてこなかった。バティカは、そのための実験場なん だよ」

 一九九三年に大学を退職したシャルマさんは、退職金を充てこの 土地を購入した。インド人口の七〇%以上が住む田舎の生活を改善 しない限り、インドは第三世界の後進性から抜け出せない。そんな 思いからの取り組みである。

 村の農業にふさわしい新しい技術の普及、種や苗についての知 識、太陽エネルギーの導入…。「象牙(ぞうげ)の塔」に閉じこも りがちな都会の農業研究者を村に引っ張り出し、彼らの知識を農民 に伝えてゆくこと。シャルマさんは、そんな仲立ちをやろうという のである。

 この日もニューデリーのインド農業研究所のスタッフ五人を連れ て来ていた。こちらがバティカに到着すると男ばかり三十人余の農 民が近くから集まり、早速、研究者を囲み話し合いが始まった。

 収量が多くて病気にも強い新品種の小麦の種を研究者が勧める。 「ただなら話にのってもいいが、金がかかって失敗したらどうする のか…」。農民たちの科学者への不信は根深い。シャルマさんが間 に入って、ようやく三軒の農家が新しい種の購入を決めた。

 村の若者二人を農業訓練センターで受け入れる話も進む。シャル マさんは太陽熱を利用した調理器(ソーラークッカー)の導入を盛 んにアピールする。

 インドでもパキスタンでも、田舎での燃料は牛のフンを乾かして 作る「カウダン」か、山で集めた小枝である。その仕事を受け持つ のは主として女性。カウダン作りや小枝集めのための膨大な時間を 節約すれば、女性の自由な時間が増え、教育も可能となる。

 シャルマさんは既にソーラークッカー二十器をメーカーに発注し ており、入手次第デモンストレーションをするつもりだ。  二時間近い話し合いの後、村人が作ってくれた昼食を一緒に頂 き、この日の話し合いはお開きとなった。

 食後、リーダー格の農家を訪ねた。親類の何家族もが一緒に住 む。女性たちは薄いベールで半ば顔を覆い、黙々と働いていた。イ ンドの首都から車で一時間半。そこには都会とはまったく違う暮ら しがあった。

 「女性が教育を受けてもっと自由になるなんて考えは、男にとっ て脅威なんだよ」。シャルマさんは帰路の車中で言った。

 ニルマラさんも、夫の試みが成功するかどうか半信半疑。「意図 はいいんだけど、どこまでこちらの思いが浸透するやら…」

 しかしシャルマさんは、そんな疑念に笑顔でこたえた。「一つの 村が変われば必ず連鎖反応が起きる。核の連鎖反応よりこちらの方 が国民のためにはるかに役立つよ」

 「ドリーマーでファイター」。インタビューの初めに聞いたニル マラさんの夫評通り、世界の平和と母国の社会改革にかけるシャル マさんの夢と闘いは続く。


Menu