紛争超えて愛はぐくむ/国際結婚


「夫と離れている分、余計に仕事に打ち込んでいる」
というアムリタ・チャチーさん。南アジアの女性たちの
ネットワークづくりにも取り組む

(ニューデリー市)

 南アジアの女性、労働問題研究家アムリタ・チャチーさん(42) を、ニューデリー市内の自宅に訪ねたのは昨年十月初旬。インドの 知人から、彼女の夫がパキスタン人で、カラチに在住していると聞 いていた。

 「日本の家電メーカーが半年前にニューデリー郊外に新しいテレ ビ製作工場を造ったの。今、その影響調査をまとめているところ」

 四畳ほどの書斎に入ると、彼女は日本式に座布団に腰を下ろし、 現在の仕事について語った。

 日本の企業進出がインド経済に刺激を与え、全体として好影響を 与えていること。しかし若い女性労働者らを「安い労働力としてし か見ていない」など、こちらには耳の痛い話をぽんぽんと口にし た。

 父親は職業軍人、母親は小学校教諭だった。シーク教徒だが、大 卒まではカトリック系の学校で学んだ。リベラルな家庭の気風もあ り、大学院では社会学と女性問題を専攻。虐げられた女性たちの人 権擁護活動にのめり込んで行った。

 「一九八一年にデンマークであった国際女性会議で、インドの紡 績工場で働く女性の実態について講演したの。それがきっかけで今 の仕事に就き、やがて夫とも知り合うことになって…」

 チャチーさんの本職は、オランダのハーグにある「社会学研究 所」講師。オランダ政府が設立した第三世界の発展に寄与するため の大学院大学である。デンマークでの発表が注目され、八三年、講 師に招かれた。

 学生はアジア、アフリカ、中南米など発展途上国の人たちがほと んど。その数三十人足らず。彼女はここで南アジアの女性や開発問 題について教えながら、博士号も取得した。研究のため、一月半ば までインドに滞在中だった。

 「夫が入学したのと、私が教え始めたのがちょうど同じ年。彼の 方は修士コースだったけど、パキスタンでは労働運動に随分深くか かわっていた」

 四五年生まれの夫のカラマタ・アリさん三十七歳、チャチーさん 二十八歳の出会い。「彼と話しているとものすごく共通の関心が多 くてね。すぐ一番の友達になったわ」。恥じらいを言葉ににじませ ながら、彼女はなれ初めを口にした。

 貧困、劣悪な労働条件、目に余る女性への人権侵害、宗教的・人 種的対立、教育の遅れ…。両国には共通の課題がいっぱいあった。 社会主義的な考えを持つ二人は、ほとんど「同志」的なつながりを 覚えた、という。

 「でも、結婚なんてとても…」。二人にとって、シーク教徒とイ スラム教徒という宗教的な違いは問題ではなかった。アリさんが離 婚経験者で、二人の娘がいることも、チャチーさんには余り気にな らなかった。

 が、どちらも、インドとパキスタン社会に研究者や社会活動家と してそれぞれあまりにも深く根を下ろしていた。

 「それに…」と彼女は言葉を続けた。「今のように両国が敵対関 係にある限り、彼がインドに住んでも、私がパキスタンに住んで も、やっぱりどちらかがエイリアン(よそ者)になってしまう。そ れを考えると、結婚は不可能に思えたの」

 二年後にアリさんはパキスタンへ戻った。チャチーさんもインド とオランダを行ったり来たりの生活。しかし、結局、最後は結婚に 踏み切った。

 「そう、忘れられなかったということかしら…」

 知り合って九年目の九二年四月、オランダで友人だけを招いて結 婚式を挙げた。共に暮らす日々の少なかった四年半の結婚生活。だ が、チャチーさんは明るく言った。「互いに結婚に伴う不自由は覚 悟の上だったから」と。


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