「インドからカシミールが分離独立するより、こちらが
先に州から独立したい」と話すリグディン・ジョラさん (レー市) |
午前五時。拡声器から流れる仏教徒のお経が、ホテルの窓を震わ せた。近代的な用具を用いて宗教PRをするのは、朝の祈りを呼び 掛けるイスラム教徒だけではなかった。
「仏教徒の存在を示しているのですよ」。この地方の行政をつか さどるラダック自治山間開発議会(LAHDC)の閣僚の一人、リ グディン・ジョラさん(40)が、誇らしげに言った。ホテル近くの開 発議会のオフィス。頭痛が和らいだその日午後に会った彼に、早朝 の出来事を話すと、こんな答えが返って来た。
ジョラさんは、ニューデリーの大学を卒業後、故郷のレーに戻 り、観光業を手掛けた。しかし、一九八八年ごろから、ジャムー・ カシミール州からのラダック地方の独立を求める仏教徒の運動を組 織、本業は親類に任せ、次第に政治にのめり込んで行った。
「州から分離独立し、中央政府の連邦直轄領を求める動きは以前 からあった」とジョラさん。同じ州とはいえ、人種、宗教、言語が 違い、その上二十万余の人口では、ラダック地方に割り当てられる 州議会の議席数(定数八七)はわずか四つ。住民の声は、議会に何 の影響も及ぼさなかった。
ジョラさんらが先頭に立ち、八八年から約二年間続けた連邦直轄 領を求める運動は、長年州政府から無視され続けて来たラダック仏 教徒のうっせきした不満が爆発したものだ、という。
「ラダックには金が回ってこない。わずかな補助金を議会を牛耳 るイスラム教徒の政治家らが自分たちで食ってしまう。いくらおと なしい仏教徒でも、堪忍袋の緒が切れますよ」
語気鋭く、早口の英語でまくしたてるジョラさんが、おとなしい 仏教徒とも思えない。だが、彼らの運動は、デモをしたり、集会を 開いたりで、別に武器を取って要求を突き付けるわけではなかっ た。
州内差別。それを解消するための方策が、ニューデリー市のよう に政府の直轄統治を受け、直接助成金を受ける方法だった。 「しかし、中央政府の壁はまだ厚い」と、ジョラさんは言う。パ キスタンとの国境紛争が続くジャムー・カシミール州は、憲法で特 別扱いを受けることが保障されており、他州よりも多くの助成金を 得ている。「その地位が有る限り、直轄統治領は認めない。それが 政府の立場なんだ」
妥協の産物として、九五年九月に設立されたのが山間開発議会。 八九年秋に政府と州議会、ラダック住民の三者が合意、六年後によ うやく実現した。州から得た予算の使途は、地元選出の代表三十人 で構成する議会が、決定する。「地元の事情の分からない役人が取 り仕切って来たことを思えば一歩前進」と受け止める。
九五年の初年度には二億五千万ルピー(約八億七千五百万円)を獲 得、住民の代表が初めて予算配分した。
「でも、私たちの最終目標は、あくまで政府の直轄統治。実現す るまで頑張りますよ」
ラダック滞在中、ジョラさんのほかにも、多くの仏教徒の声を聞 いた。「インド人」としてのアイデンティティーを強く持つ彼らに は、カシミールの人々と運命を共にする気はさらさらなかった。カ シミール問題の複雑さは、ここにもある。