自治権訴え度々投獄/良心の囚人


インド警察の拷問で亡くなった父親の写真を手にする モハメッド・シャーさん。刑務所で過ごす弟の身を案じる
(アナンタナーグ市)
 カシミールでの取材を進めるうちに、地元のイスラム教徒から 「良心の囚人」と呼ばれている政治指導者の名前を耳にした。

 シャビ・シャーさん。四十三歳の独身。彼は、今回のジャムー・ カシミール州議会選挙を前に再び逮捕されていた。どんな人物なの か、家族から直接話を聞くため、スリナガルの南東約六十キロのアナ ンタナーグ市にある生家を訪ねた。

 人口五万人の田園都市。幹線道路から東へ三キロ走ると、レンガ造 り二階建ての大きな家があった。

 「所用で母がいないのが残念です」。兄のモハメッド・シャー (56)さんが、そう言いながら居間に腰を下ろした。

 「これまで私も三回逮捕されたけど、弟の方は数え切れない。十 四歳の時から通算で二十二年間は、刑務所暮らしです。今回の逮捕 だって、不当逮捕ですよ」。モハメッドさんは、怒りを静めるよう に、たばこをくゆらせた。農業など自営業の傍ら、自らも政治活動 にかかわる。

 州議会選挙を控えた運動期間中の昨年九月初旬、シャビさんは、 地元の政治集会で住民に訴えた。「投票に行くかどうかは、皆さん の自由です。でも、私はこの選挙でカシミール問題は何も解決しな いと思っている」と。

 それから数日後の未明、彼は「選挙妨害」を理由に、自宅で逮捕 された。今回の行動も、インド憲法で保障されている「表現の自 由」の行使以外の何ものでもない。シャー兄弟は、そう固く信じて いる。あらゆる暴力を否定する二人は、民主的なプロセスとしての 選挙を決して否定していない。

 「でも、それはあくまで住民の意思が正しく反映される公正な選 挙でなければならない。銃に守られ、政府役人の不正をチェックで きない状態で、公正な選挙など望めますか…」。モハメッドさん は、身を乗り出して言った。

 シャビさんは、カシミール盆地に武力紛争が活発化するはるか以 前から、インド、パキスタンに分割されたジャムー・カシミール地 方の統一した自治権を訴えてきた。現在の管理地区は「インドの一 州」と見なすインド政府とはことごとく対立。このため、何度も逮 捕され、拷問も受けてきた。

 「でも、弟はほとんど自らの苦しみは語らない」とモハメッドさ ん。「憎しみによっては何も解決しない」との深い信念、そして 「祈りがあるから」と言う。

 一九八九年四月、父親のグラムさん(75)が、警察官の拷問を受け 亡くなった。家の近くで、数人の警察官が子どもたちを殴り、裸に するのを目撃した。注意したところ、逮捕され、警察署に連行され た時は、すでに事切れていた。

 警察が届けた医師の診断は、興奮し過ぎての「脳内出血」。だ が、父親が殴打される目撃者は多くいた。

 グラムさんは、元農業開発担当の州政府職員。彼が直接政治にか かわることはなかった。しかし、父親への仕打ちは、二人の息子が 活発に政治活動をしているからだった。

 多くの住民が怒り、警察への「報復」を唱える武装グループもあ った。が、シャー兄弟は「決して報復はしないように」と訴えた。

 「カシミールの伝統は、イスラム教徒もヒンズー教徒も、シーク 教徒も仏教徒も宗教の違いを超えて仲良くやってきたことだ。その 伝統に恥じるようなことはできない」

 非暴力抵抗運動でインドの民衆を導き、英国からの独立を勝ち取 ったマハトマ・ガンジー。シャー兄弟の生きざまに、その精神が流 れているように思えた。


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