投票日に兵士が厳戒/ゴーストタウン


州議会選挙の投票に反対し、ストライキで店を閉めた商店街。まるで見捨てられた 街のようだった。
(スリナガル市)

 今年八月、英国からの独立半世紀を迎えるインドとパキスタン。 二つの国は、これまでに三度戦争を繰り返し、現在も両国北部ジャ ムー・カシミール地方の帰属をめぐり厳しい対立を続ける。その対 立ゆえに、世界で核戦争の可能性の「最も高い地域」と指摘され る。インドは核保有国の「核独占」に今も猛烈に反対し、パキスタ ンも隣国に対抗して核開発にこだわる。核抑止力という力への「信 仰」。果たしてその信仰の下で何が起きているのだろうか。まずは 紛争が続くインド側国境から歩いた。
(田城 明編集委員、写真も)


 車の排気ガスに悩まされながら首都ニューデリーでひとしきり取 材を終えた私は、パンジャブ州アムリツァル経由でジャムー・カシミ ール州の州都スリナガル市へ向かった。

 昨年九月二十一日。アムリツァル空港からの乗客は、一人の日本人 女性を含めわずか七人。がらんとした機内は、行き先を暗示するよ うに心細くさえあった。

 「スリナガルなどへどうして行っているの?」

 「きれいな所だと、ニューデリーの旅行代理店で勧められたから …」

 埼玉県川口市からやって来たという自営業手伝いの小山さん(26) =仮名=は、日本人を見つけホッとしたように言った。彼女には、 カシミールがどういう所なのか、何の予備知識もなかった。

 機は三十分足らずでカシミール盆地の上空にさしかかった。窓か ら遠くに見える万年雪を頂いたカラコラム山脈。下界では豊かに実 った稲が黄金色に輝いている。

 牧歌的な自然のたたずまい。だが、滑り込んだスリナガル空港の 光景は、平和慣れした日本人の目には異様に映った。空港を取り囲 む高さ二メートル余の金網フェンス。その周囲を銃を構えた多くの兵士が 警戒する。

 小さな到着ロビーで、私服の治安要員に呼び止められた。外国人 登録が必要なのだ。片隅で記入している間に、先に終えた小山さん は、迎えの車で宿泊先に向かった。「大丈夫だろうか」。彼女の安 全が気に掛かりながら、こちらもタクシーに乗り込んだ。

 通りに出ると、空港の警戒以上に空気が張りつめていた。真っ昼 間だというのに、ほとんど人通りがない。目につくのは、銃を手に したインド兵や警官ばかり。時折、けたたましく軍のジープが走り 抜ける。

 道路の曲がり角などに設けた、土のうを積み上げた要さい。その 穴から銃口がのぞいている。商店街が並ぶ市中心部の店のシャッタ ーは、すべて閉じられていた。

 この日は、インド側管理下のジャムー・カシミール州で、九年ぶ りに実施された州議会選挙の第三ステージの投票日。地域ごとに四 回に分けてあり、人口約百万人の州最大都市スリナガルも、投票日 に当たっていた。

 店を閉じているのは、イスラム教徒の三十余の政治団体でつくる 「ハリアット会議」などの選挙ボイコット呼び掛けにこたえ、住民 がストライキに入っているためだった。

 やがて市の東部に位置する、美しいダル湖が目前に広がる道路へ と出る。三十分ほどで湖水そばの大きな政府系のホテルに着いた。

 道路からホテル敷地内に入る所で、身体も車内も、バッグの中身 もすべて厳しいチェックを受ける。湖岸のあちこち、ホテルの屋根 の上でも、兵士たちは武装ゲリラに備え、目を光らせている。

 「まるでWAR ZONE(戦争地帯)だよ」。ニューデリーで 会ったインド人の言葉がよみがえった。


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