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被爆者の語れぬ苦悩描く 伊東静雄賞に三原の末国さん

 優れた現代詩を選ぶ第30回伊東静雄賞に、三原市の末国正志さん(63)の「耳も眼も鎖(とざ)して」が選ばれた。被爆直後、助けを求める人々を振り切って逃げた―。多くを語らないまま2008年に亡くなった父の苦悩を描いた。末国さんは「被爆者が語ることができなかった痛みを知り、被爆の実相を考えてほしい」と願う。

  人をのう 踏んで逃げたんじゃ/水をくれえ 助けてくれえと/足をつかまれるけんのう/そうでもせんかったら…

 父品吉さんは当時14歳で、勤労動員先の広島駅(爆心地から1・9キロ)で被爆。惨状や体験を口にすることはなかった。しかし晩年に一度、被爆者仲間に誘われて「原爆の絵」を描いたことがある。なかなかリアルな記憶を表現できないようだった。「足をつかまれ、人を踏んで逃げたんじゃ。ありのままを描けるか」。そう言って黙り込んでしまったという。

 末国さんがはじめて聞いた父の苦悩だった。「生きるため、耳も眼も閉ざして火の中を逃げるしかなかったのだろう。だがそれは人間が人間でなくなるようなもの。父はその痛みを心に刻んだまま生きてきたのだと思う」。その思いが今回の創作につながった。

  生き残って平静な気持ちが戻ってから/己(おの)が行動に苦虫噛(にがむしか)む思いを覚えたに違いない/鬼の心がゆえに生き残ったやましさで…

 同賞は長崎県諫早市の市芸術文化連盟などが地元出身の浪漫派詩人、伊東静雄(1906~53年)を顕彰して始めた。今回が30回目で国内外から953編の応募があった。

 最終選考では「描写力の圧倒的な迫力と同時に、人間の告白とは何かについて深く考えさせる傑作」「父の言葉を聞き漏らさず、作者が見事に『語り部』の役割を果たした」などと評価された。

 末国さんは48歳から詩作を始めた。被爆者で船乗りだった父や、旧満州(中国東北部)から引き揚げた母琴美さん(85)を題材にした作品は多い。中国新聞「中国詩壇」への投稿を続け、作品が掲載されると父は喜んだという。「これまで感謝の気持ちを表現したいと詩作を続けた。多くを語らず亡くなった被爆者に代わって、あの日のことを伝えるのも自分の役割の一つだと思う」(鈴中直美)

(2020年6月13日朝刊掲載)

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