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社説・コラム

『今を読む』 広島市立大教授 井上泰浩

ローマ教皇の広島演説 核兵器断罪 世界に届いたか

 「犯罪」「倫理に反する」。広島を訪れたフランシスコ教皇は11月24日、平和記念公園の演説で核兵器を断罪した。この教皇のメッセージは世界中に届いたのだろうか。

 各国の新聞報道を調査した結果、カトリック教徒の多い国や地域では教皇の主張が大きく報道される傾向があった。一方、米国では控えめな記事が目立ち、ロシアでは報道がなかった。演説の意義を改めて振り返り、各国の新聞報道を検証する。

 まず、教皇の広島演説の重要性はどこにあるのか。中国新聞11月25日付1面の見出しが示す通り、「戦争に原子力使用は犯罪」と断じたことが第一に挙げられる。

 もちろん、「所有することも倫理に反する」としたことも、核兵器保有国に対する厳しい批判であり、広島演説の重要点であることは間違いない。ただ教皇は2017年11月、バチカン主催の軍縮会議で核兵器の使用はもちろん、所有について強く非難している。「倫理に反する」という言葉は2年前の演説に既に織り込まれていた。

 しかし「犯罪」という言葉は、その時は使われなかった次元の異なる痛烈な非難だ。

 この見解は、原爆は日本を降伏させ戦争終結を早めたことで日米の何百万人もの命を救ったとする救世主解釈(主として米国に根付いている原爆神話)とは対極の核兵器理解だ。「犯罪」という言葉は、実際に使った米国はもちろん、核保有国にとって極めて不都合であり、核廃絶運動にはこの上ない支えとなる。

 教皇の演説は世界に伝わったか―。9カ国の主要紙を中心に記事の見出しに「犯罪」や「倫理に反する」が使われて報じられているかどうかに主に注目して分析を行った。

 米国の主要紙の多くは報道していた。国際面で大きく報じたニューヨーク・タイムズは「教皇は核兵器とエネルギーに警告を発する」とし、またウォールストリート・ジャーナルなどは「教皇は核軍縮をもとめる」と控えめに伝えた。例外的にワシントン・ポストが「倫理に反する」と報じた。しかし「犯罪」を見出しに使った新聞は見つからなかった。

 カナダの過半数の主要紙は報道しておらず、記事を掲載したナショナル・ポストやトロント・サンは「穴埋め」程度の小さな扱いだった。広島市の姉妹都市モントリオールの英仏語の2地方紙はいずれも報道していない。

 英国の主要紙のうち3紙は教皇訪日を報じたものの、タイムズは東京ドームのミサの写真のみ、ガーディアンは長崎訪問だけを報じた。広島訪問についてはデーリー・テレグラフが写真と説明だけを掲載した。

 フランスは、調査した中で報道量が最も多かった。「犯罪」と伝える新聞も多く、核兵器を宗教上の「罪」と報じた新聞(ウエスト・フランス)もあった。全国紙フィガロ、ルモンドの両紙は数日にわたって特集記事や討論記事を掲載。ルモンドは「倫理に反する」「犯罪」を見出しに使った。地方紙でも一般記事に加えて社説や意見記事を掲載しており、カトリック教徒の多い国情を反映していた。

 ドイツの多くの主要紙は報道していたが、「倫理に反する」と報じたのは一部にとどまった。カトリック教徒の多いミュンヘンなど南部の新聞では記事は大きく「反倫理」を伝えていたが、プロテスタントが大勢を占めるドイツ北部では主要紙ディ・ヴェルトでさえ記事は未掲載。北部の姉妹都市ハノーバーの地元紙も報じていない。

 イタリアは最大手紙コリエーレ・デラ・セラ、レプブリカ(ローマ)とも大きく「倫理に反する」と報じた。また、ローマの地元紙メッサジェロは「核兵器は倫理に反し…犯罪」と大きく報じた。

 アルゼンチンは教皇の出身国。最大の全国紙クラリンは日本歴訪前から特集記事を掲載し教皇による核兵器非難を連日伝えた。また別の全国紙ナシオンは「教皇、核兵器は犯罪だと非難」と伝えた。

 スペインの最大手紙エルパイスは報道していなかったが、他の全国紙2紙(ラ・ラゾン、ABC)は全面記事や見開き特集を組んで報道をしていた。ただ、「核軍縮を求めた」「武器よさらば」など控えめに報じた。

 ロシアのイズベスチヤ、プラウダなど代表的な新聞を含む約100紙を調べたが、全く報道はなかった。

 上記のように、報道には国により大きな差があった。

 山口市生まれ。毎日新聞記者を経て米ミシガン州立大博士課程修了。01年から広島市立大勤務、07年国際学部教授。専門は政治とメディア、米ジャーナリズム、ネットと社会。近著に「アメリカの原爆神話と情報操作」

(2019年12月21日朝刊掲載)

(注)新聞報道分析は、紙面をそのまま閲覧できるデータベース(プレスリーダー)と実際の紙面を使って検証した。なお、調査対象国を広げ(約20か国)詳しい分析・検証を論文としてまとめる予定。

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