核禁条約発効へ強まる市民の声 ICAN「年内にも批准50ヵ国」 海外で成果 日本に新たな動き
19年2月12日
2017年に核兵器禁止条約が成立して以来、2月上旬時点での署名国は70カ国で、批准済みは21カ国になる。非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))は早ければ今年中にも条約発効に必要な批准50カ国に達するとみる。だが核保有国や日本など「核の傘」を求める国は背を向けたまま。各国のICAN活動家や市民が政府、議会への働き掛けを強め、日本でも草の根の動きが出始めた。(金崎由美)
5日、広島市内で開かれた「2019年、核兵器をなくすためにあなたができること」と題した講演会。NGOピースボート(東京)の川崎哲(あきら)共同代表は、全ての国会議員に核兵器禁止条約への賛否を問い、その結果や議員事務所の電話番号などの情報を閲覧できるスマートフォンのアプリ「議員ウオッチ」を近く完成させると明かした。
「政策を変えるのは政治家。市民から『条約を巡るあなたの政策はどうなのか』と問い続けることが不可欠だ。そのためのツールとなる」。アプリ作成は「海外の仲間の奮闘に触発されたのが発端」だ。
川崎さんが言う各国での奮闘は、少しずつ成果を上げている。ICAN発祥の地で、日本と同様に米国の「核の傘」を頼るオーストラリア。野党労働党の国会議員の8割が条約への賛同を表明。昨年の党大会で、政権を握れば条約署名と批准を目指すとの決議を採択した。
北大西洋条約機構(NATO)加盟国のスペインでは昨年9月、政府と急進左派政党「ポデモス」の間で「核兵器禁止条約への署名」を含めた政策合意に達したと同国主要紙などで発信された。ただし、実行されるか未知数ではある。
一方、NATOには非加盟だが協力関係にあるスウェーデンでは条約加盟に後ろ向きな議会報告書が出された。必ずしも運動は「成果」ばかりではない。
そうした中で被爆国の日本政府に署名を促す努力も国内で広がりつつある。
若者有志で結成した「核政策を知りたい広島若者有権者の会」は地元選出の国会議員に面会を求める計画を進めている。統一地方選を控え、地方議員や候補者の政策情報も入手できれば集計、発信するという。
政府に署名や批准を求める意見書を出す県議会と市町村議会も増えている。日本原水協(東京)の集計によると全国で359議会に達し、広島県では広島市や尾道市など16市町。日本原水協は「今年中に全国の地方議会の半数以上で可決を目指す」としている。
昨年11月に広島へ一時帰国したカナダ在住の被爆者サーロー節子さん(87)がトロント市内の自宅でインタビューに応じ「日本政府に核兵器禁止条約への署名・批准を迫ることは被爆地の責務」と行動を促した。
―ノーベル平和賞授賞式でICANを代表して演説して以来、初の帰郷でしたね。
私を招いてくれた母校の広島女学院大での講演や市民団体のシンポジウムに出席し、被爆者仲間とも再会できた。市民に囲まれ、古里のぬくもりに胸が熱くなった。特別な思い出だ。
―若者たちとの触れ合いもありました。
広島女学院中・高で学習発表を聞いた。核兵器問題だけでなく、世界の紛争にも関心を持つなど人間の命の尊厳へのまなざしがあった。ノーベル平和賞授賞式の感想文を送ってくれた三次高では、生徒の真剣な表情に感銘を受けた。
今持っている関心を持続、発展させてほしい。ICANの特徴は、世界の若者がインターネットでつながり政府や国連をも動かす活動をしていること。もっと広島の若者が加わり、存在感を発揮するのを見たい。
―古里で十分に思いを伝えることができましたか。
私の経験や考えを知りたい、という市民の熱意を感じ、ありがたかった。一方で「頑張って」「活躍を祈っている」と声を掛けられたことは気になっている。
―どういうことですか。
祈りで終わらず、ぜひ行動してほしい。広島市役所と広島県庁を訪問したのも、米国の「核の傘」に頼る日本政府に条約署名をもっと強く求めてほしいから。国際社会では、あいまいな意思表示では理解されないし、行政の発言や態度は被爆者の意見の代弁だとみなされる。責任は重い。
条約が発効した時、批准した50カ国の中に被爆国が入っていなくていいのか。政策変更を迫る、という課題は明白だ。
―約1カ月間の日本滞在では、東京で外務省や首相官邸なども訪れました。
官邸で西村康稔官房副長官から「国民を守るため核抑止力は必要」と言われ、「その兵器で広島と長崎では人々が無差別に殺された」と反論せずにいられなかった。核抑止論を信じ切っている人たちの壁は厚いが、諦めず粘り強く働き掛けなければならない。
―安倍晋三首相宛ての親書も託しました。
読んでくれたかしら。返信を待っている。ぜひ意見を聞きたい。
(2019年2月12日朝刊掲載)
『生きて』 被爆者 サーロー節子さん(1932年~) <1> 新たな決意(2018年8月3日朝刊掲載)
5日、広島市内で開かれた「2019年、核兵器をなくすためにあなたができること」と題した講演会。NGOピースボート(東京)の川崎哲(あきら)共同代表は、全ての国会議員に核兵器禁止条約への賛否を問い、その結果や議員事務所の電話番号などの情報を閲覧できるスマートフォンのアプリ「議員ウオッチ」を近く完成させると明かした。
「政策を変えるのは政治家。市民から『条約を巡るあなたの政策はどうなのか』と問い続けることが不可欠だ。そのためのツールとなる」。アプリ作成は「海外の仲間の奮闘に触発されたのが発端」だ。
川崎さんが言う各国での奮闘は、少しずつ成果を上げている。ICAN発祥の地で、日本と同様に米国の「核の傘」を頼るオーストラリア。野党労働党の国会議員の8割が条約への賛同を表明。昨年の党大会で、政権を握れば条約署名と批准を目指すとの決議を採択した。
北大西洋条約機構(NATO)加盟国のスペインでは昨年9月、政府と急進左派政党「ポデモス」の間で「核兵器禁止条約への署名」を含めた政策合意に達したと同国主要紙などで発信された。ただし、実行されるか未知数ではある。
一方、NATOには非加盟だが協力関係にあるスウェーデンでは条約加盟に後ろ向きな議会報告書が出された。必ずしも運動は「成果」ばかりではない。
そうした中で被爆国の日本政府に署名を促す努力も国内で広がりつつある。
若者有志で結成した「核政策を知りたい広島若者有権者の会」は地元選出の国会議員に面会を求める計画を進めている。統一地方選を控え、地方議員や候補者の政策情報も入手できれば集計、発信するという。
政府に署名や批准を求める意見書を出す県議会と市町村議会も増えている。日本原水協(東京)の集計によると全国で359議会に達し、広島県では広島市や尾道市など16市町。日本原水協は「今年中に全国の地方議会の半数以上で可決を目指す」としている。
サーロー節子さんに聞く
祈りで終わらず行動を
昨年11月に広島へ一時帰国したカナダ在住の被爆者サーロー節子さん(87)がトロント市内の自宅でインタビューに応じ「日本政府に核兵器禁止条約への署名・批准を迫ることは被爆地の責務」と行動を促した。
―ノーベル平和賞授賞式でICANを代表して演説して以来、初の帰郷でしたね。
私を招いてくれた母校の広島女学院大での講演や市民団体のシンポジウムに出席し、被爆者仲間とも再会できた。市民に囲まれ、古里のぬくもりに胸が熱くなった。特別な思い出だ。
―若者たちとの触れ合いもありました。
広島女学院中・高で学習発表を聞いた。核兵器問題だけでなく、世界の紛争にも関心を持つなど人間の命の尊厳へのまなざしがあった。ノーベル平和賞授賞式の感想文を送ってくれた三次高では、生徒の真剣な表情に感銘を受けた。
今持っている関心を持続、発展させてほしい。ICANの特徴は、世界の若者がインターネットでつながり政府や国連をも動かす活動をしていること。もっと広島の若者が加わり、存在感を発揮するのを見たい。
―古里で十分に思いを伝えることができましたか。
私の経験や考えを知りたい、という市民の熱意を感じ、ありがたかった。一方で「頑張って」「活躍を祈っている」と声を掛けられたことは気になっている。
―どういうことですか。
祈りで終わらず、ぜひ行動してほしい。広島市役所と広島県庁を訪問したのも、米国の「核の傘」に頼る日本政府に条約署名をもっと強く求めてほしいから。国際社会では、あいまいな意思表示では理解されないし、行政の発言や態度は被爆者の意見の代弁だとみなされる。責任は重い。
条約が発効した時、批准した50カ国の中に被爆国が入っていなくていいのか。政策変更を迫る、という課題は明白だ。
―約1カ月間の日本滞在では、東京で外務省や首相官邸なども訪れました。
官邸で西村康稔官房副長官から「国民を守るため核抑止力は必要」と言われ、「その兵器で広島と長崎では人々が無差別に殺された」と反論せずにいられなかった。核抑止論を信じ切っている人たちの壁は厚いが、諦めず粘り強く働き掛けなければならない。
―安倍晋三首相宛ての親書も託しました。
読んでくれたかしら。返信を待っている。ぜひ意見を聞きたい。
(2019年2月12日朝刊掲載)
『生きて』 被爆者 サーロー節子さん(1932年~) <1> 新たな決意(2018年8月3日朝刊掲載)