×

社説・コラム

天風録 『命の線引き』

 命と命の間に線を引かない―。埼玉県にある原爆の図丸木美術館の学芸員、岡村幸宣さんの言葉だ。先日広島市内で聞いた。丸木位里・俊夫妻が被爆者の姿に込めた思いを伝えてきた人の言葉だけに心に染みた▲「平和」という言葉が今、自分と他者との間に線を引き自分の命を守る意味で用いられていないか。そんな心配も口にしていた。自国の平和第一で、それを脅かす国を敵視し、武力行使をにおわす大国や追随する国の権力者が脳裏に浮かんだのでは▲線引きは、国家間に限るまい。自分と属性や意見が異なる人を分断し、打ちのめそうとする傾向はそこかしこに。先の衆院選でも「右」「左」、「敵」「味方」といった単純な色分けがネットをにぎわした▲移民を犯罪者呼ばわりし、国境に壁を築こうとする大統領もしかり。聴衆に批判されて「こんな人たち」と言った首相もいた。自分の考えに合わない新聞社を名指しし、ツイッターで「死ね」とつぶやいた国会議員も▲「原爆の図」を共同制作し、公開する美術館を建てた丸木夫妻は、沖縄や水俣、南京なども描いて、他者の痛みに向き合った。私とあなたを分け隔てしない。それこそが平和への第一歩だ。

(2017年11月17日朝刊掲載)

年別アーカイブ