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社説・コラム

『言』 となりのムスリム 先入観捨てて素顔知ろう

◆内藤正典・同志社大大学院教授

 欧州でのテロや中東の混迷を考えるには、イスラム教徒(ムスリム)への理解が不可欠だ。要衝モスルを攻撃され、追い詰められている過激派組織「イスラム国」(IS)に象徴される暴力的な人たちなのか、共存はできるのか。「となりのイスラム」の著者で、中東情勢や欧州のムスリムに詳しい同志社大大学院の内藤正典教授(60)に聞いた。(聞き手は論説副主幹・宮崎智三、写真・今田豊)

  ―そもそも、イスラム教は、どんな教えなのでしょうか。
 全てを唯一絶対の神、アッラーに委ねる宗教です。病気や認知症になっても、神が決めたと捉えます。信者は全面的に受け入れるだけ。自分が悪かったとか神に罰せられたとは考えません。ストレスを減らすメカニズムを持つ宗教だと思います。

  ―信者が多いですね。
 世界では、4分の1に近い15億~16億人に上ります。神様に全て丸投げし、一緒に生きていけば楽になるという感覚が「救い」となり、信者を増やしてきたのではないでしょうか。

  ―同じ一神教でも、キリスト教とは違っているようですね。
 仕事などで何か壁にぶつかった時、キリスト教徒は神が自分に与えた試練と考えますが、ムスリムは違います。基本的に人と人との間に線を引かず、宗教や民族の相違を念頭に置きません。暴力的で危険なイメージがあるのは誤解で、欧米の差別的な見方に影響された先入観ではないでしょうか。

  ―そんなムスリムから、なぜISのような過激なテロ組織が生まれたのでしょうか。
 中東諸国の多くが、弱者救済のようなイスラム的公正に配慮せず、一部の権力者が富も独占する堕落した統治を続けたことと、大国の軍事介入で守るべき子や女性の命を奪ったことへの怒りが混乱の背景にあります。

 米国などはアフガニスタンやイラクへの攻撃で多数の市民を犠牲にしました。「やむを得ない犠牲」と言いますが、結果的に一層多くの敵を生み出しました。ISのようなテロ組織は欧米によるムスリム抑圧や殺戮(さつりく)の結果、台頭したことを忘れてはなりません。ムスリムは、信者が理不尽に殺されない限り暴力に訴えることはありません。

  ―それでもISの影響力は欧州にまで及び、共鳴した人によるテロが各地で起きています。
 それぞれの国で状況は違いますが、出稼ぎに来た移民1世と違い、2世、3世はその国で生まれ育ったのに、偏見や差別にさらされています。そのためストレスの少ないイスラム教に安らぎを求める「イスラム回帰」が広がっています。特に2001年の米中枢同時テロ以降は、差別が一層激しくなり、回帰がさらに顕著になりました。

  ―イスラム信仰に追いやっているのは、日々の差別ですか。
 嫌がらせが日常的に何十回、何百回積み重なると、癒やしを与えてくれるイスラムという信仰に回帰する若者が増えます。ごく一部が暴走して無差別なテロに出てしまう。1万人に1人もいないとは思いますが。

  ―共存はできますか。
 西洋には神の教えから離れることが個人の自由につながるという考え方があります。ムスリムには理解できません。だからこそ価値観の違いを認めた上で共存を考える必要があります。

  ―とても難しそうです。
 イスラムには異教徒の中で暮らす場合の妥協のルールがあります。「敵」だとしても一種の「講和」を結べば共存できるはずです。欧州が今まで通り軍事介入や西洋文明の優越強調を続ければ、共存はできません。

  ―日本は今後、どう向き合えばいいのでしょうか。
 幸いイスラム世界との関係は悪くありません。欧米のように対立せず、戦後一貫して海外に敵を増やさないような外交をしてきました。食糧や資源を海外に依存しているからです。しかし現政権は武器輸出や安保法制を通じ「戦える国」にしようとしています。そんなことをイスラム世界は期待していません。

 中東やイスラムに理解のある人材の育成が課題です。ムスリムはアジア、特にインドネシアやインドにも多くいます。もはや関わらずに生きていくことはできません。まずは先入観を捨てて素顔を知ることです。

ないとう・まさのり
 東京都生まれ。東京大大学院博士課程中退。81~83年シリアのダマスカス大留学。90~92年トルコのアンカラ大客員研究員。一橋大教授などを経て10年から現職。専門は現代イスラム地域研究。著書に「欧州・トルコ思索紀行」「イスラム戦争」「イスラームから世界を見る」など。

(2017年6月28日朝刊掲載)

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