天風録 「永六輔さん」
16年7月12日
人生は、旅によく例えられる。といっても、あなた任せのパック旅行を思い浮かべる向きは少ないだろう。テレビの長寿番組「遠くへ行きたい」で初期に道案内をした永六輔さんに名言がある。「横町を曲がれば、もう旅は始まっている」▲その人が永遠の旅に出てしまった。「電波の届く先で見聞きし、スタジオに戻って話せ」。師と仰ぐ民俗学者宮本常一の教え通り、ちまたの声を拾ってラジオ番組で伝えた。ロングセラー「大往生」も、その副産物だ▲横町は曲がっても、信条は曲げない人だった。職人から尺寸の物差しを取り上げた国を相手に、お縄も覚悟で尺貫法の復権運動を繰り広げた。「遠くへ行きたい」の広告主だった国鉄の民営化に新聞の意見広告で異を唱え、番組を降ろされたことも▲昭和一桁生まれで、大の戦争嫌い。俳優小沢昭一さんや落語家桂米朝さんとの句会が続いたのも、きなくささに対する嗅覚が似ていたからという。憲法のありがたみを知る人を見送るのは今、寂しいだけでは済まない▲東京の下町暮らしで、俳号も「六丁目」とした。<遠まわりして生きてきて小春かな>。早口の、あの江戸っ子がたどり着いた旅の境地とも読める。
(2016年7月12日朝刊掲載)
(2016年7月12日朝刊掲載)