70年目の憲法 第5部 私のメッセージ <1> フリー編集者・島本脩二氏
16年5月11日
変化は必然 いい方向へ
公布70年目の憲法は今、大きな岐路に立つ。国民の暮らしや価値観が多様化し、国内外の情勢は目まぐるしく変化する。改憲の是非は夏の参院選で主要な争点になりそうだ。その議論が高まる中、仕事や体験を通じて、理念に寄り添ったり、自分なりに表現したりする人はどう向き合ってきたのか。憲法へのまなざしを見る。
自分は憲法公布の年に生まれた。団塊世代には憲法の「憲」が入った名前が多い印象を受ける。押し付け憲法っていわれるけど、国民に受け入れられてたっていう一つの証しだよね。
自分の中の「軸」
1970年小学館に入社し、編集者に。7年後、病気で半年間会社を休む。この期間が123万部のベストセラー「日本国憲法」出版の原点だった。
療養中に時間があったから自分の事を振り返った。ふらふらしながらも、まあまともに生きてきたなって思えた。それは何か軸があるんじゃないかと思って、影響を受けた本を読み返したり、親の教えを考え直したりして軸探しをした。その時、行き当たったのが憲法だった。大きな価値の中にいるんだって気付いた。
自分の中に軸が入ると安心した。でも、憲法の中で生きているのにちゃんと読んだことがない。まずいと思ったね。六法全書を拡大コピーして読んだ。憲法の前文は特に感動した。以来、憲法が頭から離れなかった。
読みやすい本を
81年の憲法記念日に前後し、新聞に掲載された憲法の意識調査では、条文を通して読んだことがない人が8割を超えていた。
その頃、改憲論者の中曽根康弘さんが総理候補。国民が憲法を読んでないのに変わるのはまずいよね。当時、読みやすい気軽な本がなかった。すぐ企画書を仕上げた。これが「日本国憲法」の大本。「100万部売れる」と確信した。
82年発刊。大きな活字の条文と写真29枚だけで構成した。条文解説はなく、語句の説明にとどめた。
ニュートラルに作りたかった。写真は地球、麓に集落が広がる富士山、輸出待ちの車、商い中の老婦人、温泉に漬かる家族…。日本をいろんな角度から見つめたもの。見ていて気持ちよくて、ページをめくる力にしたかった。憲法が自分の暮らしとどう結び付いているのか表現した。本が売れ、やっぱり求められてたんだと思った。多くの人が憲法を読んでくれたことが純粋にうれしかった。
憲法改正議論が渦巻く。これまで憲法が改正されなかったのは、「やっぱりいい憲法だから」と明快だ。
戦争を放棄し、武力を持たない日本は強い。経済発展もできた。世界情勢が緊迫化しているから改正が必要だって言う人がいる。否定すると「能天気」と返されるんだよ。能天気ってそんな悪くない。そういられる国って目標じゃない?。
ただ憲法は永遠に不変のものではない。明治維新から終戦までが77年。終戦から東日本大震災までが66年。何かが変わる時間の蓄積がある。システムは長く続くと疲労したり、良くも悪くもシステムを利用したりすることも出てくる。変わるのは必然。今、そういう重要な時期なんだよ。みんなで真剣に考え、いい方向に変わりたいね。(胡子洋)
しまもと・しゅうじ
1946年、新潟県生まれ。早稲田大卒。小学館時代、「矢沢永吉激論集 成りあがり」「日本国憲法」など多数のヒット作を手掛けた。退社後はフリーの編集者として、「No Nukes(ノーニュークス)ヒロシマ ナガサキ フクシマ」などの編集を担当。武蔵野美術大非常勤講師。東京都大田区在住。
(2016年5月10日朝刊掲載)