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社説・コラム

『今を読む』 フランスの若者たち 多文化背負い 非核目指す

■フランス平和首長会議顧問・美帆シボ

 フランスの年明けは忌まわしい回想で始まった。昨年11月13日にパリで起きた連続テロの記憶もまだ生々しいうちに、1年前の風刺漫画雑誌社襲撃と連動テロがマスコミで取り上げられたのだ。これらのテロは国内のイスラム教徒を窮地に陥れる一方、極右・国民戦線(FN)の支持者を増やす結果を招いた。

 テロのたびに低下する一方だったオランド大統領の支持率が一時的に跳ね上がる。しかし、その現象は彼がかつて党首であった社会党への支持にはつながらなかった。

 昨年12月初め、地域圏議会の選挙があった。本土を22に区切った地域圏はコミューン(市町村)や県に比べ、国民の選挙への関心は低い。だが今回の選挙はいくつもの変化を伴っていた。政権は地域圏議会の数を13に減らし、権限の一部を県から地域圏議会に移し、将来的には県より重要な機関にする意図があった。

 ところが、この選挙の1回選でFNが13議会のうち6議会で有利に立つ。フランスでは1回目の選挙で過半数を得た政党がない場合、2回目が1週間後に行われる。極右の台頭をおさえるべく急きょ保守と左派が共闘し、2回選では一議会たりとも第1党をFNに渡すことはなかった。

 しかし、総計1757議席のうちFNは358席を占める勢力になった。この結果を弾みに、女性党首マリーヌ・ルペンは来年5月の大統領選をうかがっているのだ。

 この事態が現政権と保守政党の右傾化を促している。つまり政府の移民、難民、失業対策に批判的なFN支持者を取り込もうとする流れが濃厚になった。政府はテロ対策に大わらわであったが、フランス人が最も懸念していることはテロよりも失業だった。

 早速、政府は若者たちに職業訓練を行う中小企業への援助策を打ち出したが、これはどの政権も一時的に雇用を増やすために行う手法であまり効果は期待できない。しかも失業や不安定な雇用によって失望した若者たちを待ち構えているのは、インターネットによる過激派組織「イスラム国」(IS)の誘いである。

 さて連続テロの陰に隠れてフランスでは原発も核兵器も問題視されていないように思えるが、元国防大臣で核廃絶を訴えるポール・キレスは「核兵器はテロの抑止にならない」と言い切る。核兵器を所有することで敵からの攻撃を抑止できるという主張は、もはや成り立たない。

 ここ数年、フランスのテレビでは原爆ドキュメンタリー番組が増えた。以前は「原爆が大戦を終了させた」というアメリカの原爆投下正当論がフランスでも主流であったが、最近は原爆の投下理由が史実に基づいて分析されるようになった。むろん、こうした変化が政治に反映されるにはまだ時間がかかるだろう。

 昨年12月にパリ北部で開催された国連気候変動枠組み条約第21回締約国会議(COP21)に先立ち、9月には共和国広場において環境問題に取り組む非営利団体のイベントがあった。予想以上に大きな規模で、しかも多くの若者たちが原発に反対し、世界の貧富の格差を批判し、熱っぽく語る姿が見られた。

 原発と核兵器への支持が多い50代、60代のフランス人に比べ、彼らは明らかに異なった生き方を思索している。このイベントでブースを出した核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)青年部は先月末にグルノーブル大学で日本被団協制作の「原爆と人間」展を企画し、フランス平和首長会議の事務局長を招いてシンポジウムを行った。これから1年間、核兵器禁止条約実現を目指して、各地の大学で同様の企画を巡回していく。

 多民族国家であるフランスは1万人の町でも住民の出身国が30~60カ国に及び、パリ郊外の10万人の都市にいたっては国連加盟国の数を超える。その一方でフランスで生まれた子どもはフランス国籍を得ることができる。

 これからのフランスを支えていく世代には2カ国、3カ国さらに4カ国の歴史や文化を背負って生まれた若者が多い。彼らがどのような文化を築き、平和共存の手法を編み出していくか、期待しながら私もヒロシマを語り続ける。

 49年静岡県生まれ。早稲田大卒業。75年渡仏。著書に「つるにのってフランスへ」など。歌人でもあり、歌集に「人を恋うロバ」がある。

(2016年2月9日朝刊掲載)

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