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連載・特集

被爆70年…平和祈る音色発信 広響とアルゲリッチ協演 広島・東京 ベートーベンで「愛や喜び」

 被爆70年の夏、広島交響楽団と世界的ピアニストのマルタ・アルゲリッチが、広島と東京から、平和を力強く発信した。最高峰の音楽家は被爆地のオーケストラと音楽で心を通わせ、楽団員らは大きな刺激を受けた。両会場とも約1900人の聴衆が詰め掛け、楽団にとって得がたい経験となった。(余村泰樹)

 「ワンダフル」。初のリハーサルが広島市中区であった4日、アルゲリッチの言葉に張り詰めていた空気が和らいだ。生き生きとした音色を紡ぎ出すピアノに、高い集中力で合わせるオケ。アルゲリッチは「合奏の始まりから素晴らしかった。いろいろな楽団とやってきたけど、広響は大変印象深い」と評価した。

 音楽には人を愛する心を育み、傷つける気持ちをなえさせる力がある―。そう信じるアルゲリッチは、広響との協演にベートーベンのピアノ協奏曲第1番を選んだ。「生命力、喜びがあふれている。弾いていてよい気持ちになれる」。惨禍から復興した地にささげる曲に対する特別な思いを打ち明けた。

 広島市中区の広島文化学園HBGホールで5日にあった「平和の夕べ」コンサート。原爆とホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の詩の朗読の合間に演奏し、充実感をにじませた。「特別な気持ち。演奏者も聴衆も全ての人が違う世界に誘われたよう」。翌日は平和記念式典に出席し「広島の悲劇についていろいろと考えた」と振り返る。

 次女アニー・デュトワの呼び掛けで7日に中区であった平和イベントにも来場。終了後、会場にあった被爆ピアノについて熱心に尋ね、時折、天を仰ぐようにしながら、慈しむように鍵盤をタッチした。アルゲリッチと同じくジュネーブ国際音楽コンクールピアノ部門で優勝した安佐南区出身の萩原麻未はその様子を間近にし「何にも替えられない思い出」と喜んだ。

 11日には、広響初のサントリーホール(東京)公演で広島公演と同じ曲を届けた。「『平和の夕べ』を東京に持ってきて、世界の頂点の人と奏でられるのは大きな喜び」と第1コンサートマスター佐久間聡一。尊敬する人物に「頭の中に無限のパレットがあるような圧倒的な引き出しの量。人間くさいというか、純粋無垢(むく)な音楽に刺激を受けた」と心弾ませた。

 プログラム終了後、割れんばかりの拍手でたたえる東京の観客に、広響とアルゲリッチはベートーベンのピアノ協奏曲第1番の第3楽章を再び奏でた。協演が終わるのを惜しむかのように、掛け合いを繰り返す両者の演奏は一体感にあふれ、会場のスタンディングオベーションはしばらくやまなかった。

(2015年8月22日朝刊掲載)

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