天風録 「益川博士と時計」
15年7月23日
朝、駅までの時間を逆算して8時3分に家を出る。風呂には夜のニュースを見て9時36分に入る…。ノーベル賞受賞者の益川敏英さんは日々の行動を分単位で決めるそうだ。この春にインタビューした折に聞いて驚かされた▲無駄な動きを省いて研究に没頭したいからだと。そんな益川さんが、ここまで研究以外に時間を割くのは異例だろう。安保法案に異を唱える集会の最前列で「廃案」のビラを掲げるさまが、きのうの本紙に載っていた▲覚悟の裏に自身の体験もあろう。戦時下の名古屋。5歳の益川少年は両親のリヤカーに乗せられ、火の海を逃げまどう。自宅に焼夷(しょうい)弾が落ち、不発で命拾いしたことも。「戦争に反対というより嫌い。大嫌いなんです」と▲法案に反対する研究者は1万人以上になっている。日本の科学界は岐路にある。研究予算が減る一方、防衛研究に手を貸す「軍学共同研究」はじわじわ広がる。いずれ学問の自由が脅かされる、との危機感もあるのか▲「真面目なことを言うにはエネルギーがいるが言わなきゃならん」。先の取材で物理学の重鎮は語ってくれた。時計の針が平穏に進む日々は何よりの幸せだろう。後戻りするのを見たくはない。
(2015年7月22日朝刊掲載)
(2015年7月22日朝刊掲載)