×

ニュース

不戦へ「認め合い」説く 本願寺派安芸教区・広島別院が平和法要 戦後70年 決意新たに

 広島県西部の浄土真宗本願寺派安芸教区(546寺)と、広島市中区の本願寺広島別院が7月初め、戦没者を慰霊し、平和を願う二つの法要を同市内で営んだ。門信徒や僧侶たち延べ約2800人が参加。戦時の体験を通じて平和の尊さを問いかけた僧侶や、導師を務めた宗派トップの大谷光淳(こうじゅん)門主(38)の言葉から、異なる価値観を互いに認め合える社会の実現へ決意を新たにした。(桜井邦彦、余村泰樹)

 4日、広島別院であった「全戦争死没者追悼法要並びに原爆忌70周年法要」。熱心な安芸門徒たち約1800人が、仮設のテントを張った広い境内を埋め、「正信念仏偈作法」を勤めた。

家族は被爆死

 法要に先立つ記念布教で浄寶(じょうほう)寺(中区)の諏訪了我住職(82)は、原爆で両親と姉を亡くした記憶をひもといた。同寺は当時、商店や旅館などが立ち並ぶ爆心地近くの旧中島本町(同)にあった。諏訪住職は国民学校6年生だった。三良坂町(三次市)の寺に疎開していて助かったが、家族は被爆死し、1人になった。

 つらい過去を振り返りながら、「人間はなぜ戦争をするのでしょうか。お互いが自らに問うてみなければならない」と参加者に語りかけた諏訪住職。「戦争を行う時は、相手が悪く自分は正しいと主張する。戦争の悲惨さ、恐ろしさ、恨みにとどまり、被害者、加害者ということに固執しているなら、立場を異にした人間の自我の衝突は免れられない」などと、人間の自己中心性や独善性の恐ろしさを説いた。

 追悼法要は、安芸教区と広島別院が1994年から毎年、次世代へ平和の尊さを伝える場として続ける。戦後70年のことしは、前日の3日も平和記念公園(中区)の原爆供養塔前で「平和を願う法要」を営んだ。教区は法要の前後の時期、「非戦・平和を願って70年」のテーマで、公募の門信徒や一般市民による平和行事も別院で開いた。

語り継ぐ責務

 大谷門主は二つの法要で平和への思いをそれぞれ語り、教団として戦争に協力した歴史を「忘れてはいけない」と指摘。「戦後70年の歳月を、戦争の悲しみや痛みを忘れるためのものにしてはならない」とも説き、若い世代が、戦争の痛みの記憶や平和を語り継いでいく「責務」を強調した。

 終戦後、広島市内で被爆者を手当てした東広島市の無職西川美恵子さん(86)は「戦争がないのが一番。互いを批判しなければ平和は訪れる。早くそんな世の中になってほしい」と、初日の法要で涙を浮かべた。

 二つの法要に参加した元成寺(中区寺町)坊守の藤末佳代子さん(36)は「ご門主の言葉に平和を語り継いでいく熱意がにじんでいた。再び惨事を招かないよう、戦争を知らない世代として何をどう伝えるかを真剣に考えたい」と受け止めた。

 教区会議長で、一連の行事の実行委員長を務めた善正寺(同)の中川元慧住職(65)は「70年の節目は終わりではなく、非戦、平和の思いを継承する出発点。風化させないため、次の世代へ伝えていく試みを続けていきたい」と話していた。

(2015年7月20日朝刊掲載)

年別アーカイブ