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社説・コラム

『書評』 広島のロートレックと呼ばれた男 山路商略伝 山路商の生涯追う 広島の前衛美術家 

ユーモアと反骨 戦時下にも輝き

 戦前・戦中期の広島で前衛美術運動をリードした洋画家山路商(しょう)(1903~44年)の伝記を、めいに当たる塩谷篤子さん(80)=神奈川県鎌倉市=が書き上げた。表現の自由が狭まる時代にもユーモアを失わず、仲間と美を追い求めた姿を浮かび上がらせている。

 「広島のロートレックと呼ばれた男 山路商略伝」=写真。解説を寄せた広島県立美術館(広島市中区)の藤崎綾主任学芸員と共著で刊行した。山路は足が不自由だったことや夜の街を愛した共通点から、生前、フランスの画家ロートレックになぞらえられた。

 山路は新潟県長岡市に生まれ、旧満州(中国東北部)での幼少期を経て広島市に住んだ。ダダイスム、シュールレアリスムなどの新思潮を先駆けて吸収し、比治山の麓にあったアトリエは靉光(あいみつ)たち同時代の画家や詩人、演劇人のたまり場に。仲間と出した夜店で詩誌を売り、通行人の似顔絵を描き、飲み歩き…。軍国化する日本に背を向けるように生きた。

 「私にとっては、いたずら好きの憎めない伯父さんだった」と塩谷さん。伝記には、山路の妹である母をはじめ親族から聞いていた逸話を柱に、友人による回想録、山路が新聞に寄せたカットや詩など多彩な資料を盛り込んだ。

 山路は41年12月の太平洋戦争開戦時に、シュールレアリスムを危険思想とみた特高警察に逮捕され、半年余り勾留される。健康を損ない、44年6月、40歳で亡くなった。

 「戦争がどれほど人生や芸術を台無しにするかも伝えたい」。長年の念願だった刊行を果たした塩谷さんの思いだ。溪水社刊、1944円。広島県立美術館は来年1月12日まで、所蔵作品展に山路の絵16点を展示している。(道面雅量)

(2014年12月5日朝刊掲載)

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