×

社説・コラム

『論』 水素ブーム再び 定着には再生エネ拡大を

■論説委員・金谷明彦

 「究極のクリーンエネルギー」と呼ばれる水素の活用が、再び脚光を浴びている。政府も成長戦略に盛り込み、旗振り役を務める。

 東京電力福島第1原発の事故で起きた水素爆発などから、危ないイメージも強いかもしれない。ただ「燃料」として見れば、ガソリンや天然ガスと比べ、危険性が段違いに高いというわけではない。

 この20年、水素社会を目指す機運は行政や産業界を中心に何度か盛り上がった。しかし利用は大きく広がってはいない。

 そもそも、いかに水素を製造するかということが後回しにされてきた印象がある。今度は本格的な動きにつながるだろうか。

 いま水素への関心が高まっている最大のきっかけは、トヨタ自動車が本年度中に燃料電池車の一般向けの販売を始めることだろう。他の自動車メーカーも後を追う。

 燃料電池は水素を空気中の酸素と化学反応させて発電する装置である。温暖化の原因となる二酸化炭素(CO2)は発生しない。水素がクリーンといわれるゆえんだ。

 この装置を載せた燃料電池車は「次世代のエコカー」とされ、各メーカーが長年、開発を続けてきた。10年余り前、首都圏の道路で走行テスト中、同乗したことがある。一般的なエンジン車よりも静かに感じた。

 その当時、トヨタは官公庁向けにリースを始めたが、一般向けの販売には踏み切れなかった。あるメーカーの担当者が「普通に売ろうとすれば、価格は億単位になる」と語っていたのを思い出す。

 今回、トヨタが販売を決めたのは、技術の進歩で価格を一定に抑えるめどが立ったからだ。700万円程度といわれ、政府の補助金しだいでは消費者の負担は500万円以下になるかもしれない。

 一方、マツダは独自のロータリーエンジンで水素を燃やして走る車を実用化し、2006年から6年間、自治体などにリースした。

 燃料電池車や水素エンジン車の普及に向け、政府が補助金などで後押ししようとしているのが水素ステーションの整備である。水素を供給する施設だ。

 いまは全国で約20カ所にとどまるが、来年度中に100カ所に増やす目標を掲げる。中国地方では来春、周南市で稼働する。

 しかし将来を見据えたとき肝心なのは、どのような方法で水素を製造していくのか、ということだろう。自然界に単体では存在しない。いくつか選択肢がある。

 まず、石油化学や鉄鋼の工場では副次的に水素が発生する。コンビナートが集積する瀬戸内沿岸は、生産能力が高いといえる。だが各工場は熱源にするなど、すでに利用しているケースが多い。

 次に、都市ガス用の天然ガスから水素を取り出す方法もある。全国のガス会社は5年前から、家庭用の燃料電池を扱っている。自宅で使う電気の一部を賄うとともに、発生する熱を給湯にも使う仕組み。一般的にガスを給湯だけに利用するのと比べ、CO2の排出量を2割余り減らせるという。広島都市圏では広島ガスが、これまでに600台近くを設置している。

 当面は、こうした製造法が有効だろう。とはいえ、いずれの方法も水素を造る過程で一定のCO2が発生するのは避けられない。

 水素の製造時にもCO2の排出量をゼロにする観点からは、水を電気分解する方法が理想的だろう。ただし石油や石炭による火力発電を利用すれば、意味は薄れる。

 福島の事故前には、一部の専門家から「発電時にCO2を出さない原子力を使うしかない」という意見も聞かれた。政府は現在、原発を再稼働する手続きを進めている。だが原発に依存する手段は、もはや受け入れられまい。

 残る選択肢は、風力や太陽光などの再生可能エネルギーによる発電を着実に増やしていくしかなかろう。もちろんコストの問題などを踏まえれば、簡単ではない。

 ただ、もし限りある化石燃料の代わりに、豊富な水を使えるようになれば、新たな地平が開けよう。日本が今後、本気で水素社会を目指すのであれば、再生エネの拡大は不可分であることを忘れてはならない。

(2014年9月4日朝刊掲載)

年別アーカイブ