核保有9ヵ国を提訴 マーシャル諸島、軍縮義務違反訴え 国際司法裁に
14年4月28日
1946~58年の米国の核実験で被害を受けた太平洋のマーシャル諸島が24日、核兵器を保有する9カ国に対し、国際法上の核軍縮義務に違反していると確認するための訴訟をオランダ・ハーグにある国際司法裁判所(ICJ)に起こした。新たな核軍縮条約の交渉を早期に始めるよう命じることも求めている。核軍縮をめぐり核保有国が訴えられるのは異例。
核拡散防止条約(NPT)に加盟する米国、ロシア、フランス、英国、中国と、NPTの枠外で核兵器を持つインド、パキスタン、イスラエル、核実験を繰り返す北朝鮮を個別に提訴。米国の連邦裁判所にも同様の訴訟を起こした。
訴状では、各国が巨額の予算をつぎ込んで核兵器の近代化を進める実態などを列挙。米ロなどがNPTの核軍縮義務に違反し続けていると強調する。核軍縮義務は既に国際慣習法としても確立しており、NPT加盟を拒む国も同様に履行する責任があるとする。
ただ、米ロなど6カ国は提訴された場合の裁判受け入れを義務付ける「強制管轄権」を受諾しておらず、自発的に提訴に応じる可能性は低い。このため強制管轄権を受諾している英国、インド、パキスタンの対応が焦点になりそうだ。
マーシャル諸島では、米国が67回も核実験を実施。住民の健康被害や環境汚染が依然として深刻だ。被害実態を踏まえて対応を求めてきたが、核兵器が一向に減らないことにいら立ち、第五福竜丸が被災したビキニ環礁での水爆実験60年の節目に提訴に踏み切った。賠償金は求めていない。
訴訟を実質的に主導するのは、マーシャル諸島のトニー・デブルム外相と国際反核法律家協会(IALANA)や反核の非政府組織(NGO)のメンバー。デブルム外相は「地球上の誰にも二度とわれわれのような悲惨な経験はさせてはならないが、核兵器は存在し続けている」とコメントを発表した。(金崎由美)
IALANA理事の山田寿則・明治大兼任講師(国際法)の話
英国なども強制管轄権の受諾に際して付けていた条件を盾に裁判を回避しようとするはずだ。そもそも訴えの利益があるのかとの疑問も出されるだろう。「入り口」のハードルは高いが、ICJで核兵器をめぐる法的な議論が交わされること自体に大きな意義がある。
人口約5万人の島国が、計1万7千発の核兵器を持つ国を相手に法的手段に出た。核拡散防止条約(NPT)は、米国やロシアなど5カ国の当面の核保有を追認する一方、核軍縮義務を課すが、義務は置き去りに等しい。条約の履行状況を話し合うNPT準備委員会の開幕を28日に控え「空文化」を問う一石といえる。
訴状は、9カ国が義務に違反していることの確認に加え、核軍縮の条約交渉を命じるよう求めている。核兵器禁止条約の実現が念頭にあると受け取れる。NPT体制にいら立ち、「核兵器の非人道性」を前面に訴える非核保有国や被爆者、非政府組織(NGO)などの動向と軌を一にする。
国際司法裁判所(ICJ)での核兵器をめぐる議論としては、「核兵器の使用と威嚇は一般的に国際法違反」とした1996年の勧告的意見がある。核保有国が負う核軍縮義務は、誠実に交渉した上で「完結」させることまで含むとした。しかも、慣習法としてNPT加盟国以外にも効力が及ぶと判断した。
今回の提訴でも、勧告的意見を引き出す市民運動を主導した米英の法律家らが代理人に名を連ねる。18年前の成果を生かし、核兵器廃絶へ一歩でも前に出る試みである。
提訴したマーシャル諸島のデブルム外相と面識のある広島市立大広島平和研究所の高橋博子講師は「自ら米国文書を大量に集めるなどして被害実態の掘り起こしを進めていたのが印象的だった。国際的な関心が薄くなる中、われわれを忘れるなという訴えでもあるはずだ」と指摘する。
提訴の準備は約1年半、妨害されることを恐れ、極秘に進められたという。支援の中心に立つ米NGO、核時代平和財団のデービッド・クリーガー代表は「経済面で米国に大きく依存する国が勇気を振り絞った。後に続く国が出てほしい」と力を込める。
被爆国はどう応じ、広島と長崎からはどう呼応すべきかが問われている。(金崎由美)
(2014年4月26日朝刊掲載)
核拡散防止条約(NPT)に加盟する米国、ロシア、フランス、英国、中国と、NPTの枠外で核兵器を持つインド、パキスタン、イスラエル、核実験を繰り返す北朝鮮を個別に提訴。米国の連邦裁判所にも同様の訴訟を起こした。
訴状では、各国が巨額の予算をつぎ込んで核兵器の近代化を進める実態などを列挙。米ロなどがNPTの核軍縮義務に違反し続けていると強調する。核軍縮義務は既に国際慣習法としても確立しており、NPT加盟を拒む国も同様に履行する責任があるとする。
ただ、米ロなど6カ国は提訴された場合の裁判受け入れを義務付ける「強制管轄権」を受諾しておらず、自発的に提訴に応じる可能性は低い。このため強制管轄権を受諾している英国、インド、パキスタンの対応が焦点になりそうだ。
マーシャル諸島では、米国が67回も核実験を実施。住民の健康被害や環境汚染が依然として深刻だ。被害実態を踏まえて対応を求めてきたが、核兵器が一向に減らないことにいら立ち、第五福竜丸が被災したビキニ環礁での水爆実験60年の節目に提訴に踏み切った。賠償金は求めていない。
訴訟を実質的に主導するのは、マーシャル諸島のトニー・デブルム外相と国際反核法律家協会(IALANA)や反核の非政府組織(NGO)のメンバー。デブルム外相は「地球上の誰にも二度とわれわれのような悲惨な経験はさせてはならないが、核兵器は存在し続けている」とコメントを発表した。(金崎由美)
法的議論に意義
IALANA理事の山田寿則・明治大兼任講師(国際法)の話
英国なども強制管轄権の受諾に際して付けていた条件を盾に裁判を回避しようとするはずだ。そもそも訴えの利益があるのかとの疑問も出されるだろう。「入り口」のハードルは高いが、ICJで核兵器をめぐる法的な議論が交わされること自体に大きな意義がある。
【解説】NPTの「空文化」問う
人口約5万人の島国が、計1万7千発の核兵器を持つ国を相手に法的手段に出た。核拡散防止条約(NPT)は、米国やロシアなど5カ国の当面の核保有を追認する一方、核軍縮義務を課すが、義務は置き去りに等しい。条約の履行状況を話し合うNPT準備委員会の開幕を28日に控え「空文化」を問う一石といえる。
訴状は、9カ国が義務に違反していることの確認に加え、核軍縮の条約交渉を命じるよう求めている。核兵器禁止条約の実現が念頭にあると受け取れる。NPT体制にいら立ち、「核兵器の非人道性」を前面に訴える非核保有国や被爆者、非政府組織(NGO)などの動向と軌を一にする。
国際司法裁判所(ICJ)での核兵器をめぐる議論としては、「核兵器の使用と威嚇は一般的に国際法違反」とした1996年の勧告的意見がある。核保有国が負う核軍縮義務は、誠実に交渉した上で「完結」させることまで含むとした。しかも、慣習法としてNPT加盟国以外にも効力が及ぶと判断した。
今回の提訴でも、勧告的意見を引き出す市民運動を主導した米英の法律家らが代理人に名を連ねる。18年前の成果を生かし、核兵器廃絶へ一歩でも前に出る試みである。
提訴したマーシャル諸島のデブルム外相と面識のある広島市立大広島平和研究所の高橋博子講師は「自ら米国文書を大量に集めるなどして被害実態の掘り起こしを進めていたのが印象的だった。国際的な関心が薄くなる中、われわれを忘れるなという訴えでもあるはずだ」と指摘する。
提訴の準備は約1年半、妨害されることを恐れ、極秘に進められたという。支援の中心に立つ米NGO、核時代平和財団のデービッド・クリーガー代表は「経済面で米国に大きく依存する国が勇気を振り絞った。後に続く国が出てほしい」と力を込める。
被爆国はどう応じ、広島と長崎からはどう呼応すべきかが問われている。(金崎由美)
(2014年4月26日朝刊掲載)