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世界のヒバクシャ

8. 裁判で日本企業の責任問う

第4章: インド・マレーシア・韓国
第2部: トリウム汚染―マレーシアの日系企業

国で初の放射線被害訴訟

 インド系の女性弁護士ミーナクシ・ラーマンさん(31)は、公判資料の整理やミーティング、電話での打ち合わせに追われていた。

 イポー市から北西へ160キロ。ペナン島の英国植民地時代をしのばせる白い、大きな建物に彼女の事務所はある。1982年からペナン消費者協会の顧問弁護士を務める。エイシアン・レアアース(ARE)社をめぐる裁判では、原告、住民側の弁護人の1人として準備段階の1984年から関わってきた。

 「この裁判は、マレーシア人の健康に直接関係する重要なケースなの」。彼女はこう言って、AREの違法操業について語った。「第1にAREの操業自体が、放射性のガスやチリ、廃棄物を生み出して危険だということ。第2の問題は、技術面なども含め実質的な経営者である三菱化成が、トリウムの危険性を十分承知しながら貯蔵所1つ造らず、野放し状態で投棄していた点ね」

 放射線被害が法廷で争われるのは、マレーシアでは初めてのことで、ラーマンさん自身、放射線について基礎から学ばねばならなかった。科学的に1つひとつの事柄を立証するのは大変な重荷だった。

 彼女はそれにもう1つの「重荷」を付け加えた。つまり、「ルック・イースト(日本・韓国に学べ)」政策を推進する政府が、陰に陽にAREを支援し、それが会社側を強気にさせているというのだ。

 現に、訴訟から1カ月後の1987年10月に公布された国内の治安法で、ラーマンさんや住民のリーダーら4人が逮捕されている。

「公害輸出」を批判

 判決は1990年中に予定されている。住民にとっては、医師らの調査に基づく白血病や流産などに関する疫学的な有意差が、放射線との因果関係を立証するよりどころである。

 これに対してAREのマイケル・ウォン支配人(45)は「この辺は自然放射線レベルが高い。といって障害が起こるほどではないのに、住民も学者も感情的になっている」と反論する。「原告側の測定結果は法廷記録に採用されなかったと聞いている」とも語り、裁判の結果に自信をみせた。

 ラーマンさんは「もしAREの言う通りとすれば、住民は作り話でもしているというのでしょうか」と憤る。そして「日本ではこの種の工場の操業は1972年に中止されているのに、なぜマレーシアでは許されるのでしょうか」と強い口調で言った。

 彼女の言葉を裏付ける1冊の本がある。新金属協会発行の『レア・アース』だ。この中に次のような記述(要旨)がある。

 「モナザイトはトリウムやウランを含むため、希土類の回収に当たっては放射能など公害対策を十分考慮せねばならない。このため、わが国では昭和47年以降は輸入されていない…」。三菱化成からAREへ出向している重信多三夫総支配人も、この本の共同執筆編集者の1人である。

 ラーマンさんは「規制の厳しい日本で操業できない工場を、なぜマレーシアに持ってきたのか。日本人の命の方が高価なのでしょうか…」と問いかける。

 住民の代弁者である彼女の問いかけは、直接的には三菱化成に向けられたものである。だが、「規制の甘さ」「低賃金」を背景に東南アジアへ進出している日本企業が多い、との批判が高まっている折、単に1企業の問題として片づけることはできないだろう。

 トリウム汚染訴訟は、国際社会に生きる日本企業や政府の責任、ひいては豊かさを享受する日本人1人ひとりの生き方が裁かれる場でもある。