1. 「公害輸出」憤る周辺住民
13年2月20日
第4章: インド・マレーシア・韓国
第2部: トリウム汚染―マレーシアの日系企業
第2部: トリウム汚染―マレーシアの日系企業
日本企業が出資するマレーシアの合弁化学工場周辺で、放射性廃棄物のずさんな管理による被害が広がっている。日本では厳しい規制のため、1972年にレアアース(希土類元素)は生産中止になった。この物質の精製過程で出る放射性のトリウム232が、被害の元凶とみられる。住民たちは日系企業を相手に、操業停止と補償を求め法廷で争っている。
1982年に操業開始
マレーシア北西部のペラ州イポー市は、人口約30万人。三菱化成(本社東京)が35パーセント出資するエイシアン・レアアース(ARE)社は、この町の南郊外にある。従業員200人。24時間操業の工場の煙突からは、白煙が絶え間なく吐き出されていた。
イポー周辺は、マレーシア最大のスズの産出地として知られ、同じ鉱石にレアアースの原料となるモナザイトも含まれる。その精製のためAREが操業を始めたのは1982年だった。
「政府から試験操業の許可を受けただけで、すぐ本格的な操業に入った。廃棄物の貯蔵設備もないままでね」。工場の西隣にあるブキメラー村の食肉解体業者で、ペラ州反放射能委員会代表の丘運達(ヒュー・ユン・タ)さん(45)は、腹立たしそうにこう言った。
モナザイトには、AREが「副産物」と呼ぶ放射性物質のトリウムが重量比で約7パーセント含まれている。当然、操業に伴い、廃棄物としてトリウムが出る。マレーシア政府は、トリウムを将来の核燃料と位置づけ、同社にその貯蔵保管を求めていた。
AREはフル操業の一方で1983年暮れ、工場から約5キロ南のパパン村に貯蔵所を造ったが、中身が放射性物質と知った住民が激しく抵抗した。政府の依頼で調査した国際原子力機関(IAEA)の専門家も危険性を指摘し、ここでの貯蔵計画は中止せざるを得なくなった。
膨大な廃棄物「保管」
工場から半径1キロ内にすっぽり入るブキメラー村の住民が「放射性廃棄物」について知ったのは、この時が初めてだった。「一番近くに住んでいながら何も知らなかった」と丘さんはくやしがった。住民たちはAREに「何を製造しているのか」「廃棄物の中に何が含まれているのか」と質問状を出したが、何の返事もなかった。
カラーテレビの赤色蛍光体として使うイットリウムなど貴重な希土類金属は、ここで精製を終えると全量、日本やヨーロッパへ輸出する。そして、トリウムを含む膨大な廃棄物が、工場裏の「トレンチ(溝)に保管」(会社側)された。
そのことを丘さんに尋ねると、「保管だって?」とあきれ顔で言い、「どんなひどい状態で捨ててあったか住民はみんな知っている。日本からのこんな公害輸出は真っ平だ」と吐き捨てるように言った。
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《トリウム232》天然の放射性核種の1つ。アルファ線を放出しながら崩壊し、ラジウム224などを経て最後は鉛208となって安定する。核燃料物質として、ウラン235などとともに厳しい規制の対象となっている。半減期は141億年。
《レアアース=希土類元素》ランタンなど17元素の総称。性質が互いに類似し分離が難しく、他の金属元素にない特異な性質を持つ。永久磁石、レーザー、光学レンズ、セラミックス超電導体の素材など用途は多様。主にモナザイト鉱石から抽出する。